背信に心は揺れて惑う
夢心地の中、温もりと嗅いだことのない香りに癒される。
大地と太陽に包まれるような匂い。この熱を伴う様な鼓動…………
心臓の音?
これって確か、昨日の自分がしでかしたことの結果だよね。
慌てて目を開け、自分の圧し掛かっているジキの裸が見えて血の気が引いて行く。
当然、着衣を脱いで熱を共有したので、自分も裸。
恐る恐る視線を上部に向けながら、冷や汗が出る。
まだ、起きていないよね?
目に入ったのは、ジキの寝顔。
傷による痛みも熱や寒気など異常はないようで、穏やかに寝ている。
安堵の息が漏れ、その弱い風にジキが反応した。
こんな姿を晒すわけにはいかない。
ジキを起こさないように、自分の体を起こして布団から抜け出る。
床を這うようにして、脱いだ衣類に近づいていく。
後、もう少し……
「くくっ。なぁサチ、寒いだろ?今度は俺が、温めてやるよ。」
声と同時で、自分に掛かる影と少しの重み。
「待って、違う!これは、医療行為なのよ。」
背中に被さるジキが怖くて、視線を向ける事も出来ない。
「子を宿せ。」
耳元で囁き、肩から首にすり寄る。
声が出ない。
怖い。
だけどこれは……受け入れたいと願う自分と、そんな自分を否定される事への恐れ。
今までのジキに対する私の態度と、私が兄様からジキに心変わりしているのを知れば、彼はどう感じるのだろうか。
ジキの手が、私の背中を撫でていく。
腰から腹に滑って、向かう先は上部の膨らみ。
息苦しいほどの熱。
一夜に渡り、身に沁み込んだ温もりを知っている。
心地よさを味わい、溶け入るように眠った。
優しい彼は、きっと私を受け入れてくれる。
このまま彼を受け入れたい。
けれど……私には覚悟が無い。
しかも戦力外の足手まとい。
イチシには勝てない。
彼が私に抱いた想いの根拠は何なのか。
悔し涙を我慢して、唇を噛み締めた。
「サチ、泣いているのか?」
ジキの手は止まり、傍にあった衣類を手繰り寄せて私を覆う。
どうして、この時に受け入れなかったのだろう。
彼は被さっていた身を起こし、衣類で包んだ私を膝に乗せた。
優しい視線を注ぎ、頬や髪を撫でて微笑みを向ける。
「ふ。どうして、敵の俺を救った?」
敵……
私たちは相容れない関係。
そっと手を伸ばし、彼の頬に添えて答えた。
「……あなたは私が殺すの。」
そうね、過去にもあったような気がする。
何故、もっと踏み込まなかったのか。
後悔と、身に覚えのない罪悪感。
涙で視界が霞み、滲むような彼の表情が遠くて、もどかしい。
彼の顔に触れているはずなのに、手が届いていないような、安定しない曖昧さ。
狭い視界が広がり、先ほどと同様の優しい視線を注ぐ彼の表情が目に入って心は安らいでいく。
「目が覚めたんだね、幸。」
私が伸ばした手を捕まえて顔に近づけ、頬をすり寄せる。
「ふふ。過去と同じね。」
私を膝に抱え、変わらない優しい視線を注ぐ……相多君。
「……俺の思い出した過去の記憶にはなかった。残念な不足だ。」
やはり、あの時に何かを思い出したのね。
「こんな甘さが、過去にあったなんて信じられない。だって君は俺ではなく、あいつを選んだのだから。」
……『君は、前世で俺を選ばなかった』
以前、記憶のない相多君が言った言葉に真実味が増す。
私自身が、あんな心変わりする過去を見たのに……
サチは、ジキを選ばなかった。
『違う、選ぶ事が出来なかった。だって恋心に気付いた時には……喪った。想いを伝えることも出来ずに。』
だからこそ、あの時に受け入れることが出来ればと……
生じるのは後悔のはず。
腑に落ちない。
理解できない矛盾に、焦りが生じる。
私は彼の触れている自分の手を離そうと、腕を引いた。
それを予測するような留める力。
「また、逃げるの?」
彼の真っ直ぐな視線は、優しさから厳しさに変わって鋭く突き刺さるようだ。
手を引く力を緩め、自由な手で身を起こして彼の膝の上から離れる。
彼の捕らえた手は、そのまま。
私は両膝を床につけて視線を合わせた。
「……相多君、私たちは現世を生きている。前世は過去の事で、何も変えられない。」
私の想いは、そして彼の想いも……
きっと、もっと……ちがう物。
彼は視線を下に落とし、口を閉ざした。
私はため息を吐き、もう一度、捕らわれている手を振りほどこうとする。
しかし彼も譲らず、握る力を強めて視線を戻した。
「だったら、何故、俺達には記憶が戻る?」
そう、生まれ持った記憶ではない。意図的なものだ。
……代が真名を教え、唱えたから?
何故、敵だった相多君に過去の情報を告げたのだろうか。
彼女は言った。
『“また”繰り返すのだけは避けたい』と。
代は何を恐れているのかな……
「幸。俺を殺したのは、あいつなんだ。」
…………え?
『“これからも”、そう感じることが必ず生じる』
こんな裏切りだと感じる事があるなんて。
「待って、相多君……私の真名を、あなたに教えたのは代なんだよ?」
「そうなんだ。だから疑問だけが残って、すっきりしない。今はどうか分からないけれど……過去に俺を殺した男の前世を持つ数元を、どうしても信用できない。」
「……罪悪感…………」
なのかな。
今の見つめ合った状況で、私に込み上げるのも同じ感情。
彼は私を見つめ、口を開いて……言葉を出さずに閉じた。
彼が言おうとして留め、呑み込んだ言葉は予測も出来ない。
鳴り響く授業の終了を告げるチャイムに、掻き消される静けさ。
彼の手が離れ、視線も合わせないで、お互いに立ち上がる。
無言に圧し掛かるのは、現世なのか前世の事なのか……
背信に心は揺れて惑う……




