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⑦前世からのストーキングはお断りなのですよ  作者: 邑 紫貴
寒曇

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16/40

寒曇が近い


 日も暮れ、静けさと闇に包まれて、視線の合った状態が気恥ずかしくて我慢できなくなった。


「火を灯すわ。」


視線を逸らして立ち上がり、四隅に立てられた燭台の一つに近づく。

その裾に置かれた燈明とうみょうの灯心抑えを調節し、受け皿を持ち上げて火を燭台の蝋に移した。

照らす光に安心感。


「サチ、血が出ている。」


いつの間に距離を縮めたのか、真後ろのジキに驚き身構えた。

心配しているのが分かる表情で、優しい視線を私に向けて、喉元に近づく大きな手。

そっと触れようとする彼の緊張が伝わって、戸惑いから発したのは思ってもいない言葉。


「そうやって、イチシの介抱もしたのね。」


ジキの手の動きが止まり、表情も固まった一瞬。

しまった……

後悔しても、出した言葉は消せない。

取り繕う為に言葉を探したけれど、見つからない。

視線を泳がせて、手持ち無沙汰の燈明を足元に戻そうと屈む。


「……嫉妬か?へぇ~、お前がね。なら、遠慮はいらないか。サチ、俺が大人しくしていたのは怖がらせないため。シロとの約束で、仕方なく従っただけだ。」


頭上で低い声が、とんでもない事を言っているような気がする。

恐る恐る視線を向け、見上げると……

ジキは不敵な笑みで私を抱え上げた。

え……?


「火の傍は危険だからな~。明るいのは嫌だろ?ふっ。熱いのは俺が与えてやる。」


……え?

軽々と運ばれ、明かりの灯っていない暗い部屋の隅に下ろされた。

身の危険信号です!

後ろは壁で、床に座った私に詰め寄るジキ。

表情が見えずに不安が募って、恐怖が沸き起こる。


「嫌……、怖い。」


手首を掴む力は強く、密着する体が熱を伝えて、首元に掛かる息は荒い。

喉に触れる柔らかさと温もりが傷痕に近づいていく。


「……っ!」


痛み。

それと共に、触れているのがジキの舌なのだと理解して息詰まる。


「……はぁ。」


自分から漏れた息に、抵抗する意思がないのを自覚して、身体の力が抜けていく。

覆い被さる体に包まれ、床に導かれるまま、彼を受け入れた。

身の覆いが肌蹴て、優しく触れる手に肌が馴染んでいく。


覚悟も無いのに。

だけど、このまま……ジキを受け入れても良い…………


「サチ、イチシは父上が決めた妻だ。」


確かに知りたいと思っていたけれど、それは今じゃない。

苛立ちと、自分の中の何かに急かされて、抵抗を始める。


「だから?結局、イチシは妻なのね。私は何、愛人なの?汚い手で触らないで!」


暗闇に目も慣れて、外の月明かりがボンヤリと彼の表情を照らす。

彼は私の理解を得られず、雰囲気も台無しで苛立っているのかな。

優しく触れていた手は、私の意思を無視して手荒くなっていく。


「怒りの感情に促され、欲望に任せて触れるくらいなら、止めて。酷い……“あなたは、いつだって自分勝手”なのよ。」


涙が込み上げ、霞んでいく視界に入る彼の表情は分からない。

でも、彼の手から乱暴な力は失われていくのが伝わる。


傷つけたのは私の方だ。

自分が傷ついた被害者のように、彼に対して吐き出した言葉は浅はか。


『汚い手』……

違う。

本当に言いたいのは、あなたを傷つけるような言葉ではないの。

この優しい手が私以外に触れて欲しくない。

それは嫉妬と自分の不甲斐なさ。


彼は『心を奪われて惹かれた』と、私に気持ちを素直に告げ、真実だと誓ってくれたのに。

覚悟のない私。

自分の淡い想いを伝えることもせず、臆病で卑怯なのは私だと言うのに。

『自分勝手』なのはどっちなのか。


「……ごめんなさい。」


溢れた涙が目から零れ落ち、頬を伝って耳の下を流れ……床に到達する落下音が聴こえるほどの静けさ。


「すまない。……初めて会った時と同じような感情に苛まれる。この既視感。」


自分に掛かる重みが軽減され、ジキの顔が近づいて私を見下ろす。

悲しそうな表情。

そっと手を伸ばして彼の頬に添えると、ジキは手を重ねて苦笑を返す。


「……記憶にないけれど、以前にも同様の事があったような気がする。その時の胸騒ぎに近い感覚。……サチ、愛しているのはお前だけだ。今までの時間は無駄だったのか?」


私は首を振って、涙を堪えようと唇を噛み締める。

さっきまで自分の感情を占めていた悔しさが、歓喜に染まるなど思いもしない。

どうすれば、この気持ちを伝えることが出来るだろうか。


「サチ、明日……俺は戦に出る。焦りと不安が無様な俺を見せたのだと、赦して欲しい。」


戦に行く……

身震いが襲い、嫌な予感がした。

行かないで……そんな引き留める言葉も出ない。


嫌な予感は別の事も付随していた。

そう……あの予見した出来事も近づいている。


「……ジキ、あなたは聞いたかしら。私がここに隔離されている理由を。信じられないでしょう。こんな温暖な地域に、雨ではなく、白い物が降ってくる。それは切々と降り注ぎ、全土を覆うほど。」


巫女として祝福も告げず、前途多難な予言を語る私に愛想を尽かすだろうか。

ジキは、私の離れそうな手をしっかり握って微笑む。


「そうか、その情報は戦地で有利になる。準備も早急に整えよう。俺の勝利の巫女よ……告げてくれて、ありがとう。」


気持ちが込み上げ、急かすような感情が私を煽る。

彼の唇を指でなぞった。

その行動に、彼は目を見開いて私を見つめる。

伝わるだろうか。


彼の視線を受けたまま、目を閉じ気味にして口を閉ざす。

近づいて来るジキの表情を読み取りながら、甘い空気に湧き上がる想い。

あぁ、いつの間に……

こんなに心惹かれていたなんて。

彼の閉じ気味になる目を間近で見、満たされる心を味わい、視界を閉ざした。


そっと触れただけの唇。

重なったのも、ほんの僅かな一時。

目を開けて見上げた私に、彼は見たことのない嬉しそうな笑顔を向ける。


「……サチの元に帰る。必ず帰って来るから……」


ジキは私の体を抱えて身を起こし、額に口づけして立ち上がった。

もう、先ほどとは打って変わって、険しい戦士の顔。

颯爽と去って行く後姿。


 今まで居た部屋が、いつもより広くて暗く感じる。

身の毛もよだつ様な寒気。

吐く息が白く見え、信じられない光景に、何度も確認を繰り返す。


足が竦むような恐怖に包まれ、床を這って扉まで移動した。

戸を開いて、遠目に見える松明の多さに、戦の気配がひしひしと伝わる。


空は、まだ明けてもおらず……寒曇が近い…………




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