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⑦前世からのストーキングはお断りなのですよ  作者: 邑 紫貴
寒曇

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心は複雑怪奇に満ちている


 お互いに睨んで、火花が散る視線を逸らすことなく、緊迫した空気。


「何をしている?」


そんな修羅場に、呆れたような表情で元凶登場。

二人の視線が注がれたジキは、一歩後ろに下がった。


「ジキ、この件を説明してもらおう。」


私とイチシ言葉が出るより先に、声を出したのは兄様だった。

妙な空気に、遠巻きの軍隊も閑散。

ジキはため息を吐き、イチシに視線を向けた。


胸に鈍い重み。

どうして、私じゃなく彼女を優先させるの?

それは、やはり妻だから?

そんなに彼女が良いなら……


「イチシ、奴らを率いて早々に父上の元へ帰還しろ。命令だ。」


見たことのないジキの険しい表情。

以前にも聞いたことのある低い声に怒りが加わって、恐怖を感じた。

自分なら黙って従うような状況で、イチシは平然と口答えをする。


「嫌よ。何度も言うけど、私はジキを愛しているの。それとも?私を妻だと認める?それなら、お願いを聞いてあげるわ。」


……妻じゃないの?

彼女の強気の発言に、私は投げつけられた短刀を握りしめ、どう対応するのかジキの反応を待つ。


「認める、とでも思っているのか?」


どういう状況なのか理解できない。

心は安堵しながらも、不安が拭えずに中途半端な感情。


「ジキ、戦乱に足手まといは要らない。」


足手まといは私の事だよね。

否定できない。

戦いなどせず、屈託なく生きてきた。

民も同様。

家族の為に誰かを殺し、命懸けで闘う事より……生贄を差し出して安楽を願った。


『覚悟があるのなら』


この剣で、誰かを殺めるとしても……


その決意が私には…………ない。

強気にイチシと言い争った自分の情けなさと、浅はかさ。

そんな私に、ジキは視線を向けて苦笑した。

見抜かれたのだろうか。

胸は痛むのに、彼の優しさを感じて甘さが広がって満ちていく。


「サチ、今から言う事に偽りはないと誓う。」


ジキは腰に帯びた鞘から剣を抜き、イチシに向けた。

喉元に突き付けて、殺気の伴った視線。

言い終えるまで、黙っていろと伝えるような眼。

イチシの表情には、焦りと恐怖が見えた。

彼女にとっても、この行為は特異な事。


ジキは真剣な表情で、私に何を告げるのだろう。

誓い。

彼の偽りのない誠意。


「彼女は妻じゃない。」


その言葉に、イチシは剣の切っ先に突き刺さるのも覚悟で歩を進めた。

痛みを表すこともなく睨んだまま、喉から胸元に一筋の血が流れていく。

ジキの視線も変わらず、真っ直ぐにイチシを見つめ……言葉を続けた。


「俺は初めてサチを見た時、胸騒ぎを感じた。今にして思えば、心を奪われて惹かれたのだろう……何も偽りはない。」


胸が詰まるように息苦しい。

ジキは剣を引いて、視線を私に向ける。

視線を合わせたけれど、どう応えて良いのか分からず口を開くことが出来なかった。


ジキは、どこまで私の心を見透かすのかな。

思わず視線を逸らしてしまった。

覚悟のない私。


「シロ、サチを部屋に連れて行け。そして民に騒乱などないように。後は任せる。」


彼の言葉に視線を戻した時には、後姿。

隣にはイチシを伴い、戦人たちの元へと歩いて行く。


私に近づいた兄様は囁いた。


「サチ、彼は信頼に値する。受け入れなさい。」


……受け入れる覚悟…………


恋心に目覚めたばかりの私が出来たのは、浅はかな嫉妬の炎に……情けない殺意。

覚悟も無い。

淡く、稚拙な恋心に何が出来る?



 兄様はジキに言われたように、騒乱を避けるために動いているのか、私は広くて寂しい部屋に独り。

争いを避ける民が、戦い慣れた大軍を見て不安と恐れに、何をするか分からない。

私も追い詰められれば、どんな行動をするのだろう。


今の私は意気地なしだ。

一歩も動けずに、彼の真剣な言葉を受け止める事も出来なかった。


 短刀を手に、それを鞘から出して見つめる。

滑らかな刃は誰かを傷つけたのか、獣を殺めたのか鈍い輝き。

その切っ先は、ジキの剣よりは鋭くない。


彼女の想いを目の当たりにした。

身を傷つけたとしても怯むことなく、命を厭わない程の熱情……

ジキへの愛情と覚悟。

背負う物。

彼女なら足手まといにならないだろう。

私は……?


成れない。

強い彼女への妬みと憧れ……


私は彼の物。

所有物には違いないけれど、お荷物でしかない。


初めて会った時、彼は私に惹かれたと言った。

何がそうさせたのだろうか。

私には何もない。

目が悪いんじゃないの?

悔しい。

彼が見たのは、無愛想で毛嫌いを顕著に表した醜い私。


……目覚めた恋心……不安と恐れと、痛み。


 冷たい床に寝転び、息を吐く。

未知の感情に戸惑い、幼い恋心に迷いが生じる。

彼に偽りはないのに、覚悟のない私は……躊躇してしまう。


『彼を受け入れる』

『子を宿す』

それが、何を意味するのか。


生贄の自分……

イチシを傷つけ、命を奪う事さえ……嫉妬に駆られて出来るような軽い感覚で喧嘩を売った。

無知ゆえの愚かさ。

知らない事が、どれだけの恥を被るのか。


知りたい。

もっと……

色々な事を知るべきだ。


 身を起こし、短刀の刃を喉元に当てた。

目を閉じて恐る恐る……情けなく震える両手を、ぎゅっと握り締めた。

少しだけ……

彼女と同じ痛みを受ければ、何かを得る事が出来るかもしれない。

チクリとした痛みに熱が生じて、涙が零れた。


「やめろ!」


大きな声に驚き、刃先を喉から離して茫然。

視線を向けて目に入った光景は緩やかで、記憶に刻まれる。


ジキが近寄りながら鞘から剣を抜いて構え、下から振り上げた。

手には衝撃と、撥ねあがる短刀が弧を描く。

一瞬の出来事が、徐々に展開する絵巻のように感じられる一時。

ジキは息を切らし、睨んで見下ろす。


その表情に、歓喜が沸き起こるなんて……思いもしなかった。

恋心は、何と様々な感情で彩られるのか。


「何故、笑顔を向ける!どうして……はぁ。あぁ~、もう……サチ、俺が狂っていく。正気の沙汰ではない。」


私は感情のままに笑顔を向けたらしく、ジキは私の様子に苛立ち、諦めたように床に腰を下ろして項垂れた。


「……ふふ。くすくすくす……」


初めて、ジキの前で笑った気がする。


「嬉しいなんて、自分でも信じられないわ。心配、してくれたのでしょう?」


私は距離を縮め、彼の表情を見ようと覗き込む。

すると、複雑な表情で苦笑。


私の感情も複雑……

何と恋心は不思議なのだろう。

膨らんでいく想い。


心は複雑怪奇に満ちている




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