垣間見た悲しみに覚悟を決めて・・
走って帰宅した私は涙を誤魔化すために、洗面台へと向かった。
水を大量に流して顔を洗うけれど、滴るのが水道の水なのか自分の涙なのか区別もつかない。
感情が落ち着くまで、息苦しいのを我慢して何度も顔を洗う事を繰り返す。
タオルに手を伸ばして、顔を拭い、零れるものがないのを確認してから鏡に視線を移した。
泣いたのが明らかな酷い顔。
誤魔化し切れないのをあきらめ、自分の部屋に移動して着替える事にした。
カバンを机に置いて、制服を脱ぐ。
目に入る鏡に映った下着姿の自分と手を重ね、見つめる自分がここに居るのだと思うと、ホッとした。
前世……
私は、相多君を選ばなかった。
垣間見たもう一人の人格なら苦手だからね。
『くくく……今度こそ、逃がさないからな。』
『俺の子を宿せ。』
……思い出すだけでも、問題が山積みな発言だなと、苦笑しか出ない。
“今度こそ”逃がさない……
逃げた私は、彼の子を宿すのが嫌だったのかな。
まぁ……そんな事を言われて、喜んで!とは言えないなぁ。
戦乱の世で、代は私を彼に差し出したのだろうか。
それなら罪悪感を抱いているのは代も同じはず……感じる矛盾。
この平和な時代に、再び彼と私に繋がりを与えた。
しかも真名を教えることまでして……。
考え事をしながら鏡に触れている方の腕に、鳥肌が立っているのが見えた。
じっと下着姿で居るには、春で温かくなったとしても寒い。
部屋着に着替えなきゃ『……寒い。』
突然、視界が歪んだと思えば、目の前を覆うほどの大量の雪が現れた。
降り積もっていく猛吹雪。
暗闇に立ちつくし、さっきまで居た自分の部屋とは明らかに別の場所。
触れていた鏡もない。
これは……
頭に響く声が大きくなっていく。
『……きっと……この想いは、もっと他の感情。ちがう。好きになっていたなんて認めない。』
……好きになっていたって、それは誰の事を?
自覚して、見つめることを恐れて募るのは罪悪感。
胸の痛みと悲しくて切ない気持ちに、激しい後悔が湧き上がる。
自分の吐く息は白く、足は雪に埋もれて身動きもとれない。
冷たさに感覚が狂って、痛みが熱に変わり……痛覚が麻痺していく。
眠気を誘うような温もりが深く……
「……き、幸!」
叫んで私を抱き起している母の姿が目に入った。
ここに雪など存在せず、寒さも和らいだ自分の部屋に居る現状を知って、思考は落ち着きを取り戻していく。
「ごめんなさい、ちょっと……疲れが出たのかな。休んでも……いい?」
母は、目に涙を浮かべて必死だった表情を和らげて、頷きながら笑みを見せた。
私はそんな母に寄り掛かり、ベッドまで数歩進んで寝転がる。
「引越しや高校入学で、環境も随分と変わったから……それに、最近は友達が出来たみたいだし、慣れて安心したのね。無理せず寝ていなさい。」
布団を被せ、私の頭や額を撫でて優しい笑顔を向ける母。
そっと、私の部屋から出て行った。
「っ。ふ……うぅ……」
声が漏れ、布団を身に覆って涙を零す。
湧き上がる悲しみに近いのは、失恋のような感情。
さっき自覚した気持ちを否定し、自分の想いが不安定で悲しくて……
実らない恋に、どうすることも出来ないもどかしさ。
それが、もっと現実的で……身を切り刻む様な喪失を痛感した。
今の私じゃない……前世の刻まれた記憶だ!
罪悪感がある。
赦して欲しいと願いながら、それも叶わないような罪を犯したのだと感じるような記憶。
淡い恋心も、掻き消されるほどの罪の意識に苛まれる。
私は彼を選ばなかった?
違う、選ぶ事が出来なかった。
だって恋心に気付いた時には……もう、貴方は…………
死んでいたの。
喪った……
想いを伝えることも出来ずに。
記憶の引き金は何だったのかな。
無意識で出した言葉かもしれない。
相多君は、大丈夫だっただろうか。
何かを思い出したんだと思う。
切なくて苦しい。
『離れないで。』
その言葉を思いだし、自分に喜びが生じる。
痛みに加わる甘さ……
複雑な感情に、処理が追いつく暇もなく涙が流れていく。
このまま流し去って欲しい……
現世を望む私は、全てを忘れて……生まれ変わって違う生き方を願わないだろうか。
悲しみと罪悪感、憎しみや激しい後悔……
足りない記憶が矛盾を生んで、処理できない感情が中途半端な未来予想図を描く。
いっそのこと、曖昧な前世の記憶よりも、魂に刻まれた全てを受け入れた方が先に進めるかもしれない。
私の想い……
刻まれた魂の記憶よ、見せて欲しい。
受け入れたい。
きっと、もっと……ちがう未来があると信じたいから。
彼が望むのは、今の私じゃない……
だけど、貴方が望んだ私も……前世には存在しない。
貴方を選ばなかった事実は変わらないから。
それは、この現世でも同様だと思う。
繰り返さないことを、何故、代は望むのかな?
涙は止まって、意識は落ちていく。
眠気に誘われるまま、深みに堕ちながら……魂に刻まれた過去を探す。
それは今の私に関係がない。
悲恋の物語を、今更、どうすることも出来ない。
それでも何かが、きっと……もっと、ちがう未来になるよね。
雪に覆われ、身体が記憶する熱とは異なる記憶。
垣間見た悲しみに覚悟を決めて・・




