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かくして、物語は高貴なる大地へ。

 どこまでも続く、黒だけの空間。闇しか存在しない窮極の門の中で、彼女はただひたすらに前へ進み続けていた。


 死すらも死せる永劫を思わせる、悠久の孤独の中で感じてきたものは、彼女という存在が生を受けてここに飲み込まれるまでの時間全てであった。

 それは人間という種族が体感しうる時間を超越し、また同時に、人間が耐えられるだけの衝撃を凌駕している。


「……のう、桜。わしは、やはりそちらには行けそうにない。真っ当な最期は、迎えられそうもない……」


 彼女は、話しかける。もはや世界のどこにもいないものへ。かつて、妹と呼び慕った女へと。


「……のう、ミュゼ。これで、良かったのじゃよな……わしは、やりぬいたよな……」


 彼女は、話しかける。もはや世界のどこにもいないものへ。かつて、夫と呼び愛した男へと。


「……のう、ジェーン。やったぞ。わしは、クトゥルフを討った。見て……おってくれたよな?」


 彼女は、話しかける。もはや世界のどこにもいないものへ。かつて、己の全てを賭けて向き合った女へと。


 何度も脳裏に浮かび、消えていく思い出。その度に、出会った喜びに感極まり、別れた悲しみに涙した。

 この無限の輪廻を何度繰り返したか、もはやわからない。だが、それでもなお、彼女は進む。歩みを、止めない。


 それが、己の歩んできた道だから。

 それが、己が進むと決めた道だから。


 理解してもらう必要はない。理解されようとも思わない。所詮、己が歩んできたこの道は魔の道、人の道から外れたもの。ただ、憎んでくれれば、それでいい。誰か一人だけでも、知っていてくれればそれで、いい。


 その右目に、赤い炎が燃える限り。その左目に、青い星が輝く限り。

 彼女はどこまでも行くだろう。どこまでも、行けるだろう。


「……!?」


 不意に、闇が開いた。それは閉じ込められた時と同じく、軋み、音なき音を伴って、扉となって開いた。

 永遠の闇から解き放たれて感じた光は余りにもまぶしく、吸血鬼が身体を焼かれる感覚というものは、はてこんな感じかと思えるほどだった。


 気づけば彼女は、荒れ果てた岩肌が剥き出しの崖の上に立っていた。

 久方ぶりの風が、彼女のポニーテールを優しくなでる。彼方に広がる空はどこまでも青く、崖の下に広がる森林は、豊かな生態系をうかがわせた。


「……む」


 ふと感じた音のようなものを追って真上を見れば、そこにはてらてらと不気味に輝き、気色の悪いひだや管がどくどくと脈打つ、悪趣味な扉があった。窮極の門。


 しかし彼女がそれに気づいた時には、既に扉は閉ざされ、静かに消えていくところだった。やがて完全にそれは見えなくなり、それと同時に、彼女は己が闇に耐えきったことを悟った。

 ふつふつとこみ上げてくる達成感に高鳴る胸を抑えるように手を当てて、彼女は一歩、崖のほうへと歩み寄る。


「ここは……どこじゃ?」


 まるで、見覚えのない景色だった。百年以上の人生の中で、彼女は地球の隅々を見て回ったが、こんな景色は記憶にない。


「……空気が……違う? 地球の……母の気配が感じられない……」


 かすかに覚えた違和感を辿り、藤子は遠く、ずっと遠くへ目を向ける。そこには、巨大な翼を持った竜――まさに、そう呼ぶ以外に形容できぬ生物――が、悠々と空を飛んでいた。


「……まさか、ここは」


 浮かんだ答えの真偽を問うように、彼女は地球断章を手に取った。そして、その答えが正しいことを悟る。


 断章の表紙、宇宙に浮かぶ地球を彷彿とさせるその装丁で、輝いているはずの青い天体。その美しい青が、輝きを失っていた。


 この状態の断章を見るのは、始めてではなかった。旧支配者を討つ術を求めて地球から遠くセラエノの地を踏んだ時、断章は同じ様子を見せていた。


 これが意味することは、一つ。

 今、藤子のいる場所が地球ではない。それ以外にはあり得ない。


 地球断章は、地球という星の力を源とする魔導具である。その真価を発揮できるのは、地球の上に限られているのだ。


 どうやら、あらゆる時間と空間が無数に重なり合う窮極の門を進み続けたことにより、地球とはまったく異なる世界へと来てしまったらしい。


「……左様か」


 考え込むように、藤子は再び彼方へ目を向ける。

 だが、その目はやはり、輝きを失うことなく煌いていた。そして、にたり、と彼女は笑みを浮かべる。


 それは、彼女がいつも見せる、あの笑みだった。自信に満ちた、それでいてどこか楽しげな、意地悪そうな笑み。


「それもまた、よかろう。母ではない世界……まずは、言葉を学ぶ必要がありそうじゃな」


 それだけ言うと、藤子は迷うことなく大空へと舞い上がった。青い光の粒子を煌かせて、感じたことのない風を切って飛ぶ。


 かの地の名は、エデリオン。後の世に、三つの帝国が三つ巴の世界大戦を繰り広げることになる、幻想の世界。

 だがそれは、今よりもおよそ六十年の時間を経てからのことだ。


 それまで、世界は唄を奏で続ける。全てを受け入れ、全てを幻想とする高貴なる大地、エデリオンの唄。

 地球とは異なる、しかしどこか心地よいその旋律の中を泳ぎながら、彼女は行く。それが外なる道であろうとも、それが修羅の道であろうとも。


 彼女の名は、光藤子。地球が生んだ、最強にして最凶の魔法使い。災厄の魔女の名を欲しいままにしながら、天使が愛でる青き藤とも称される、最高の花。


 そう、彼女は花。永遠に幼い青い藤。決して散ることのない、枯れずの花だ――。

どうもこんばんは、ひさなです。ここに顔を出すのはまたしてもどれだけぶりでしょう。

それはさておき、皆様「枯れずの花」いかがだったでしょうか?

光藤子という、最強にして最凶、最悪の魔女の半生をつづったこの物語は、元々彼女がヒロインのお話の外伝として書き始めたものです。

設定上、二百年以上を生きている彼女が、どういう人生を歩んできたのか。それらを作者として作り上げておきたかったのですね。

ご覧の通り、藤子はとても早くから既に完成されています。そんな彼女を、どのような人物がさらに磨きをかけたのか。それらすべてを凝縮させて、十数年ごとのワンカットを見せていったら、それは十分一つの作品になるだろうと。そう、思った次第です。

そうそう。話がクトゥルフ打倒で途切れるのは、この後彼女が飛ばされた異世界での物語が、既に別の場所で投稿してあるから、だったりします。

高貴なる大地、エデリオンとは、某イラストSNSで開催された企画における世界の名前です。

藤子はそこで、ただ一人の人間として、世界大戦の間を縫うように、仲間とともにひっそりと生きていました。

そして戦争終結後、彼女は地球に帰ってきます。そこから再び動き出す地球でのお話は、……それはまた、別の機会にということで。

なお、枯れずの花で藤子と関係のあった人物の係累は、すべて後々の本編でも登場します。ジェーンの子孫はもちろん、ミュゼの子孫も。

いつか、彼女たちのそんなお話も、書いていけたらいいなあと思いつつ。

今回はこの辺りで幕を引かせていただきたいと思います。

皆様、お付き合いくださりありがとうございました!


2013年11月22日、自宅にて。

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