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ネイレス旋風

 ネイレスが与えた衝撃は、味方の活気を取り戻す以上に、敵の戦意を根こそぎ奪い取るには十分だった。特に前半、あれだけ効果的に機能していたダブルボランチが、ネイレスのゴール以降は借りてきた猫となってしまっていた。園川はネイレスとの間合いを意識するあまり次第にポジションが下がり気味になり、小西もフォローを意識しすぎて攻撃への姿勢が消極的になった。最終ラインも同様で、ネイレスのドリブルのルートを潰そうとラインを下げた。

「おまえら、腰を引くなっ!怯んだらそれこそ思うツボだぞっ!」

 チョンが声を張り上げて下がり気味の士気を鼓舞するが、実際問題耳に届いているかもわからなかった。J2での激しい戦いで、対戦した相手にJ1レベルの選手はもちろん世界と戦う日本代表クラスもいたことはいた。だが、ネイレスの次元はまさにワールドクラスで、若いアガーラの選手にとっておそらく人生でも初めての驚異だったに違いない。


 人間というものは一度臆病風に吹かれると、それを吹き飛ばすくらいの要素がないと、本来のポテンシャルを取り戻すのは難しい。固まってしまったアガーラの守備は、ネイレスにとって隙だらけだった。

『ガチガチになっちまったか。だったらボロボロにしてやるよ。身も心もな』

 そこからはネイレスのやりたい放題だった。

 ネイレスがボールを持つと、アガーラの選手は必要以上に彼の突破を恐れてマークに人数をかけにくる。結果、他の選手がフリーになる場面が増え、ピッチのそこかしこで柏が数的有利の状況を幾度となく作った。そしてネイレスはパスにも長けていた。両サイドバックのオーバーラップに合わせて柔らかく鋭いパスを通し、わずかに開いた1トップの田口の足元に縦パスを通す。そして受けた味方がキープする間に、オフサイドぎりぎりの位置にポジションをとり、ラストパスを受けるときっちりと枠内に飛ばす。まさに独壇場だった。だが、それでもゴールを割るにはいたらなかった。

『へえ。小さいくせに、結構止めるんだな』

 気持ちの余裕からか、見事なシュートを何度止められても、ネイレスには友成を褒める余力すらある。当然、友成は全身全霊をかけ続けてのセービングだ。

「大したやつだな…。ストライカーのくせに、ゴール損して褒める気あんのかよ…。くそがっ、気に入らねえな」

 内心はらわたが煮え繰り返るくらい悔しさを宿しているが、対照的に表情は笑っている。ガリバ戦で見せたあの笑顔だ。


『さて。カードをもう少し切るとしよう。そろそろ勝ち越さねばね』

 ネルソン監督がそうつぶやいて立ち上がり、交代選手を指示を出す。と同時にホイッスルが響いた。ネイレスの強引な突破に焦った園川が、背後からカニ挟みを仕掛けて倒してしまった。さすがに覚悟していたようで、審判からレッドカードを提示されると、「すまん。…後、頼むわ」と力無く味方に詫びてうなだれながらピッチを去った。倒したところは、ゴールほぼ正面。距離にしておよそ20メートル。絶好の位置だ。

『いくら壁作ったって、無駄だよ』

 ネイレスはそう笑い、ゴール前に壁を築いたアガーラの選手たちを嘲笑うように、完璧なまでの勝ち越しフリーキックを決めたのだった。

 だが、スタジアムが歓喜にわく一方で、ネイレスの表情から笑みが消えていた。

『…ふーん。あのチビキーパー、意外とウゼェな…』

 ネイレスにしてみれば、触ることはおろか反応すら出来ない一撃のはずだった。それに友成は見事に反応していた。

『あと5センチ、手が長かったら触られてたか。…やるねぇ』


 ネルソン監督はここでFW坂、MF水尾と切り札的選手を投入。両サイドをフレッシュな選手にして攻撃に圧力をかけ、ゴールを奪おうとした。対して今石監督は、園川の退場に伴い、小西、寺島を下げて大森、鶴岡を投入。投入した2人はセンターバックに、元のセンターバックのチョンと猪口をダブルボランチに回して守備の強化を図った。

「大森はともかく、鶴岡もセンターバックなんて無茶なんじゃないか」

 今石監督の起用法に、松本コーチは疑問を投げかける。

「高さを生かした守備に加えて、攻撃を作り直す上で足元の技術もあることを考えると仕方ねえ。一人足りない上にリードされてんだ。後ろの攻撃力もある程度上げないとだめだからな。それに、これだけ高けりゃ、ネイレスにいいクロスは通らねえだろ」

 しかし、やはり数的不利という現実をぬぐえるほどの効果は無く、ネイレスを起点に柏のゴールラッシュを見る羽目になる。坂、田口が次々とゴールを決め、さらにネイレスが駄目押しの5点目でハットトリックを達成。ロスタイムを前にして4点の大差がついていた。ピッチの選手はもちろんのこと、アウェーゴール裏のサポーターも沈黙していた。


 そんな中、戦意を失うどころか、ますます燃え上がっている男がいた。まずそいつは、ゴール裏のサポーターを鼓舞した。

「みんなっ!まだ試合は終わってねえぞぉっ!!すっげえゴール決めてやっから、もっとこえだしてくれっ!!!」

 そして今度は味方にも鼓舞する。

「おいっ!まだ3分残ってるぜっ!同点にしてやるから俺にどんどんボール回せっ!!!」

 そんな選手を見て、栗栖はベンチで笑った。

「はは。あいつは落ち込むことを知らねえんだな。熱いまんまじゃん。剣崎よ」

 その叫びは、今では誰よりも頼もしかった。


「やいっ!ブラジル人っ!!日本の背番号9をなめんじゃねえぞっ!!」

 ネイレスに対してドヤ顔で宣戦布告する剣崎。

「日本語分かるわけないだろ、アホ」

 ツッコミをいれる友成も笑みを浮かべる。ネイレスもまたあきれるように剣崎を見た。


『へえ。へこまない日本人っているんだな。分かってないようだから、あいつにも教えてやるかな』

次回、最終回です

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