苦戦
快進撃を続けるアガーラ和歌山と、昨年のJ1王者として天翔杯制覇で面子を保ちたい柏レイソウル。NHKが中継する注目の一戦は、序盤からホームの柏のペースに終始した。
「チョンっ!18マークっ!」
「このっ!」
「チィッ!」
友成の指示でチョンが柏のFW田口に対応。こぼれたセカンドボールを川久保が拾おうとするが、一瞬早く相手に拾われた。そしてそのままシュートを打ってきた。ボールはクロスバーを掠めてスタンドに消えたが、日本随一の熱さを誇る柏サポーターの活気に拍車をかけるだけだった。
守備陣が猛攻にさらされる一方、攻撃陣はわずかなチャンスをものにできないでいた。
特にカギともなっている右サイドにおいて、竹内が対面する韓国代表のサイドバック、ファン・スンホに完敗していた。
(くそっ!なんて力強いんだ。しかもこの人、今年はベンチがメインだったんだろ…。これがアジアを戦えるチームの選手層か…でもっ!)
「ヌッ!」
「やられっぱなしじゃいられないんだ!」
ファンの凄みを感じながら、一瞬の隙を見つけて突破を図った竹内だが、すぐさまボランチの大垣に潰されてボールを失った。
「…っ!クソッ」
左サイドの桐嶋も似たような状況で、園川、小西の両ボランチも中盤のバランスをとるのに手一杯。結果、前線の剣崎と寺島は完全に孤立。焦れて下がり、剣崎が積極的にロングシュートを放つが、やけくその一撃は枠を捉えるには至らなかった。
「くそがっ!いい気になりやがって」
「剣崎、落ち着け。迂闊に下がりすぎるな」
「でも寺さん、下がんねえとボールもらえないじゃないっすかっ!!」
「だからといってゴールから離れてどうする。少しは頭冷やせ。頭に血が上ったまんまじゃ、決まるもんも決まらんぞ」
「くぅっ…」
血気盛んな剣崎を、寺島は懸命に宥める。言うことももっともであり、剣崎は悔しさを押し殺すしか今は手がなかった。
ベンチの首脳陣もまた、目の前の状況に歯ぎしりするだけだった。
「…くそ。こっちはほぼフルメンバーなのに、あっちはサブ中心。それでここまで差ぁでるかね」
「このままだとやられっぱなしだぜ。なんか、手ぇ打つか」
「いやミヤ。ここで仕掛けんのはまだ早え。…打ちたいのが本音だが、打ったら後半の策が限られる。今はピッチの連中を信じよう」
柏の猛攻にさらされ続けた和歌山だったが、百戦錬磨のチョンが守備を統率し、絶好調の友成が枠に飛んできたボールを悉く防いで踏ん張っていた。なによりこの危ういながら均衡を保てていたのは、ボランチコンビの奮闘が大きかった。
小西が的確にボールを前線につなぎ、敵の中盤からの突破には園川が立ちはだかった。その様子をメインスタンドから観戦(ちなみに自費)していたバドマンは笑みを浮かべた。
「なるほど・・・。あの二人はなかなかいい連携をしている。私の下でもこの選択肢はアリだな」
バドマンはシーズン最終戦の後、できる限り生の試合を見てみたいという考えで、ガリバ戦とこの柏戦に帯同。チームが勝ちあがればそれに追従する。ただし、クラブへの負担になると両試合とも自腹で観戦している。
「個々の質はそろっている。なんだかんだいいながらゴールレスで持ちこたえているからな。補強した選手たちとかみ合えば、来シーズンは面白い一年になりそうだ。・・・さて、今石監督は、この逆境をどうたえるのかな?」
「くそっ。なかなか前に出れねえ。しかし、ここをカウンター一発で仕留められりゃ」
「いや、前半はむしろ0-0で行きてえな」
「え?」
攻撃的な采配を取る今石監督の思わぬ一言に、宮脇コーチはきつねにつままれた表情を見せる。
「選手がどこまで持つのかわからねえ。それに向こうとは力の差がある。だったら勝つ上でやることが明確になる0-0かビハインドのほうがいい。下手にリードして守りに入ったら、一気にまくられる」
「でもよ、お前が鍛えた選手だぜ。そうは」
「今俺たちが戦ってんのは、次があるリーグ戦じゃねえ。一発勝負のトーナメントだ。早い話ルール内ならどんな手を使ってでも勝てばいいんだ。リードして後はガチガチに守備固めたっていいんだ。だが、うちに攻めきる力はあっても、守りきる力はねえ」
「なるほどな・・・」
宮脇コーチがそう思った瞬間、高らかにホイッスルが響いた。
右サイドで突破を図った竹内に対し、ファンが強烈なタックルをかました。強烈な一撃に竹内は左肩を押さえ込んだままうずくまる。
「肩打ったか・・・」
今石監督はまず一人目の交代を意識した。
「マツ、敦志準備しといてくれ」
「代えるのか」
「いや、もう前半ロスタイムだ。後半の頭からでいい。ただ、ミーティングでやること言っておきたいからな」
「わかった」
今石監督の指示を受け、松本コーチは西谷にアップを始めさせた。
フリーキックの位置は、ゴールのキーパーから見て左の10度の位置。直接放り込むにはややきつい位置だ。もしキッカーが栗栖なら狙っていただろうが、ボールの前に立つ小西、竹内は自分の技量を考えるとギャンブル過ぎると考えていた。ベンチの思惑など知る由も無いが、ピッチにいる選手にとってはリードをして気持ちを楽にしたいという思いはあったはずだ。
それはゴール前でポジションを争っている剣崎らも同じだった。
この一本は決める
それがチームの共通意識だった。
レフェリーの笛が吹かれ、小西が助走を取り、ボールを・・・交わした。続いて竹内が走る。
「行けえっ!!」
蹴り上げたボールはファーサイドに流れていく。そこにいたのは剣崎だった。
(流れかえるにゃ、これが一番だっ!!)
「うおおおおおっ!!!」
咆哮を上げながら、剣崎は右足で力強く地面を蹴り、空中で体を回し、左足でボールを捉えた。
「いぃっけえぇっ!!!」
伝家の宝刀、オーバーヘッドシュートがゴールネットを突き破ると同時に、前半終了のホイッスルがスタジアムに響いた。




