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大一番を前に

「まったく…こんな膝でよくまあサイドバックをこなしたもんだなっ」

 和歌山市内の整形外科病院、やぶクリニック。その診察室で、内村は院長、養父井勲やぶい・いさおに吐き捨てられた。ただこれが彼の口調なので仕方ない。

「いやあ5部とは言え、無名の『黄色いサル』をやすやすと信頼しちゃくれませんからね。痛みかくして必死にしてましたから」

「ばーか!潰したら元も子もないじゃろ。天翔杯の準々決勝で去年のJ王者の柏と対戦するのに、お前みたいなイミフなとんちんかんがいないと勝てる要素がなくなるじゃろ」

 褒めてるのかけなしているのか。喜寿を目前にしているとは思えない口調である。内村は苦笑いするしかなった。

「んで?実際どうなんすかね。どんだけ休んどいたらいいっすかね」

 あっけらかんと尋ねる内村に、養父井は豪快にため息をつく。

「休んだところでどうにもならないくらい、お前さんが自覚しとるじゃろ。いまさら老いぼれの話を聞いてどうする」

「まあそう言わずに。来年はクラブにとっても勝負の年だし、来年で力尽きるくらいでもいいんすよ。そんな一年をできるなら万全に近い状態でプレーしたいんでね」

「…ちっ。くすぐられるのう。サポーターをしているチームの選手からそう言われては。まあ、来年の開幕までは休んどれ。キャンプも徹底して別メニューじゃ。それぐらいして、やっと半分ぐらいじゃ」

「…半分ねえ。まあ、上出来でしょ」

 翌日から内村はチームを離れ、来シーズンに向けて膝の状態をあげるためのリハビリをこなすことになった。




 さて、アガーラの選手たちはというと、23日の準々決勝に向けて連日ミニゲーム形式の練習を繰り返した。対策云々というよりも「いかに万全のコンディションにしていくか」に主眼がおかれている。

今石監督は「ここまで来たらあとは自分ら次第。元旦まで日程は詰まっているから今更対策とっても付け焼き刃」と考え、チーム状態を維持することを選択していた。

「そうりゃあ!」

 特にチームの期待を一身に受けているのが、今ゴールを決めた剣崎である。無論、彼がチームのエースであることもあるが、それ以上にほかの選手たちに、目に見えて疲労の色が濃く出ている。特に主力を担った竹内、桐嶋、猪口らルーキーイヤーをすごした選手たちがそうだ。無理もない。J2とはいえ」、トップチームで1年間戦ったのはこれが初めてなのである。快進撃を続けるチームであるが、世間の論調は「ここまでよくやってきた」という、ねぎらいとあきらめの意見が目立った。ただ、実際のところ誰一人戦意は失っていない。むしろ戦意をエネルギーにしてプレーしている状態だった。


「まあ、それは危ういことでもあるんだがね」

 夜も更けたクラブハウスの一室で、今石監督はつぶやいた。

「しかし、フィジコのいうようにガス欠寸前の選手だって多い。いくら相手が柏であっても、能力よりもコンディションで選んだほうがいいんじゃないか?」と話すのは松本コーチ。これに宮脇コーチが噛み付く。

「だけどよ、戦力に差がある以上、疲れていても能力で選ぶべきだろ。今年は6位止まりだったとはいえ、力は十分優勝できる戦力なんだ。変に選手入れ替えちゃ袋叩きだぜ」

 監督とそれを支える両コーチは同い年だけに、ためらいなく意見をぶつけ合う。今回のように言い分が分かれることは珍しくないのだが、今石監督も今回ばかりは鶴の一声を発せられずにいた。

(マツの言い分ももっとも。正直レギュラーでやってきた選手はガタガタだ。だが、柏レベルの相手に対しては下手に戦力を落とすわけにもいかん・・・)

 悩んだ挙句、今石監督はボールペンをテーブルに立てた。

「なんだ今石」

「まあ、ぐだぐだ言ってもしょうがねえ。あとはこのボールペンにたくそうや」

「その3色ペンで?」

「今から俺はこれを床に投げる。上を向いたボタンの色を選んだやつがスタメンを決めようや。文句なしだ。俺は黒だ」

 試合を左右するスタメンをボールペンの行方にゆだねるなど、こうした行動も今石監督の特徴である。

「じゃあ、俺は赤だな」

「残った青が・・・俺だな。いいだろう」

 宮脇コーチに続いて松本コーチが色を選ぶと、今石監督はボールペンを宙に放り投げた。



 そして試合当日。天翔杯準々決勝、柏サッカー場。ピッチに立った剣崎は、まずその空間に驚いた。

「はーっ!こうして生で立ってみりゃめちゃくちゃ狭く感じるな」

 日本有数のサッカー専用スタジアムであり、そのスタンドとの距離感は他の追随を許さない。そんなスタジアムに始めて立った選手たちは、その圧迫感におされていた。

「ふあ・・・。観客の声、これだけ近いとどこからでも丸聞こえですね」

「敵として乗り込むのは、ごめん被りたいスタジアムだよ」

 唖然とする猪口に、一昨年にプレーした経験を持つ川久保はぼやく。

「アウェーの洗礼って言うのを感じられるスタジアムは、ここおいてほかにないな。せいぜい東京の西が丘ぐらいだな」

「しかし寺島よ。あそこは2000ぐらいしか入らんが、ここは1万入る。比べ物にならんよ」

「ですかね。チョンさん」


「いいんだな今石。俺の案で」

「青いボタンが上を向いたんだからしょうがねえ。負けても俺が責任取ればいいだけさ」

 あのかけで、松本コーチは次のスタメンとベンチ入りを選出した。


スタメン

GK20友成哲也

DF6川久保隆平

DF17チョン・スンファン

DF11佐久間翔

DF35毛利新太郎

MF10小西直樹

MF15園川良太

MF16竹内俊也

MF7桐嶋和也

FW9剣崎龍一

FW19寺島信文


ベンチ

GK14瀬川良一

DF2猪口太一

DF5大森優作

DF13村主文博

MF8栗栖将人

FW18鶴岡智之

FW22西谷敦志


 果たしてどうなるのか。

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