謎の美女
ゴール裏のサポーターグループ、そのリズムキーパーが太鼓を叩き、その間隔を縮めていく。選手たちは一列に並んで手を繋ぎ、サポーターたちは両手を前に伸ばして揺すっている。
そして、最後の一音が力強く叩かれた。
「うぉいっ!うぉいっ!うぉぅ〜いぃっ!!」
選手とサポーター、万歳三唱で勝利の凱歌を上げた。アウェーゴール裏の試合後の光景だ。
天翔杯4回戦、ベスト8以上を目指すアガーラ和歌山は、ガリバ大阪を倒すべく吹田市の万博記念競技場に乗り込み、一度は猛攻にさらされたものの、ロスタイムに栗栖が直接フリーキックを叩き込んで突き放し、4−2で勝利した。
次の準々決勝に勝利すれば、和歌山を本拠地とするクラブとして初のベスト4である(ベスト8は剣崎たちがユース所属だった去年に達成)。
サポーターが得点を決めた選手たちのチャットを高らかに歌う中、西谷は腑に落ちないような顔を浮かべ、剣崎は大きなため息をついた。
「ちぇ…物足りねえ復帰戦だぜ」
「…あ〜あ、天翔杯にもあったんだなあヒーローインタビュー…」
この日、マンオブザマッチとしてテレビ中継のヒーローインタビューを受けたのは、後半途中にカオスに入って当たり前のように神セーブを連発した友成だった。
「次の準々決勝、勝てば和歌山県を本拠地とするチームとして史上初のベスト4となるんですけど、意気込みの程いかがですか」
「ん~・・・。まあ、90年以上の歴史のある大会にチームの名前を刻むのは悪いことじゃないんで、まあ、ベスト4とはいわずにね、元旦の国立で高いところに立てるようにがんばります」
「最後の、駆けつけたサポーター、テレビの向こうのサポーターに一言お願いします」
「え~とそうっすね。まあ、いつもいつも自分の背中から大きなエールもらってるし、残り試合も後押しを無駄にしないように、しっかり戦っていきます」
「ありがとうございました。以上、友成選手でした」
「似合わないねえ。お前の笑顔って言うのも」
「俺も人間だ。笑うときは笑う」
「お前から『俺も人間だ』なんて言葉が出るとはねえ」
悪態をつく栗栖に、友成は少し照れたようにむくれる。しかし、友成が語った意気込みはチームの総意でもある。
「まあ、もうちょっと今石監督に付き合うとするかね」
栗栖はそう笑い、試合中気になっていたことをふと思い出した。
「なあカズ。内村さんどうした。なんか様子とかおかしく・・・って何顔赤くしてんだ」
交代のときに内村のしぐさに妙な違和感を感じた栗栖は、先に交代していた桐嶋にその様子を聞こうとしたが、桐嶋は内村というフレーズが出た瞬間から顔を赤くしていた。
「いや・・・。その・・・。内村さんの、ことか?・・・言っていいのかなあ・・・」
「何が」
「あ、あのな。内村さん、交代したら直ぐにロッカーに引き上げたんだけどよ、俺もロッカーにタオル取りに行ったらさ・・・あ・・・あ~その」
「どうしたんだよ。さっきから何おどおどしてんだ?」
しどろもどろな桐嶋に、栗栖だけでなく、いつの間にかほかの選手たちも気になっていた。
我慢しきれなくなって、桐嶋は一気に吐き出すように叫んだ。
「う、内村さん・・・。ロッカーに、お、お、お、女連れ込んでたんだようぉぅ!!!」
一同、一瞬わけがわからなくなって間が空いたが、やがて誰もがわれに返った。
内村の行動を言葉だけ取って真っ先に反応した剣崎や西谷はすぐさまロッカールームに飛んでいった。そして扉の前に立つと、そっと耳を扉に押し当てる。すると内村と、知らない女性の声が聞こえてきた。
「どう?気持ちいいでしょ」
「んあ~やっぱいいわ。天国だねお前のは」
扉の向こう側の2人はりんごのように真っ赤な顔になった。そこに桐嶋も加わってウブ丸出しの会話をする。
「ま、まさか・・・気持ちいいってのは」
「読めない人だけど・・・すげえ大胆な」
「な、なあこれってまずいよなあ。いろんな意味でさあ」
その3人を友成が頭に踵落しを食らわせる。
「おまえら馬鹿だろ」
そのやり取りにあきれつつも気を取り直したチョンが「とりあえず、内村に聞かないと」と意を決して扉を開く。
「内村、なにやってんだ」
「んあ?ああチョンさん。あら、みなさんずいぶんとおそろいで」
扉を開けたとき、内村は唖然とした。そしてチョンらも唖然とした。ひざにテーピングを施した内村の前には、見たことも無い美女がいたのだ。
「いやあ雰囲気台無しだな。こういうのってさ、誰か一人にばれて『黙っとけ』っていう台詞を決めるのがお決まりなんじゃね?」
「まあ、女性にウブな若造が多いからなあ。それにしても・・・」
内村のぼやきを聞きつつ、佐久間は内村のひざを見る。テーピングの具合に加えて、痛々しい手術の痕が、右ひざにくっきりと刻まれている。
「ひざ、ヤッてたのか・・・」
「そう。私たちに隠して、痛いのをほったらかしてプレーしてたの。症状を知ったときはパパも愕然としてたからね」
「・・・。で、内村のひざはともかくとして、あんたダレ」
横槍を入れてきた女性に、佐久間はもっともな質問をぶつける。
「ヒロと面識ある女、それだけで察しつかないの?」
生意気な態度をとられて佐久間はカチンとくる。一方、彼女の言葉に川久保はひらめいていた。
「・・・ああ。君はバドマンさんの」
「はい。リンカ・バドマン。来年からパパがお世話になります。私もクラブのトレーナと入団したので、マッサージしたい人は言ってくださいね」
とりあえず、事はいったん収束した。




