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本来のポテンシャル

 前半終了のホイッスルが万博に響いた。スコアは3−0と、アガーラ和歌山の一方的な展開だったが、ホームチームゴール裏の活気はそれを感じさせなかった。前半途中からはっきり聞こえていたアガーラサポーターのチャントや声援は、今はほぼ完全に掻き消されていた。


「んぎゃんっ!!」

 ピッチからロッカールームに引き上げる途中、剣崎は背後からミドルキックを喰らっていた。犯人は友成であった。

「相変わらずとち狂ったまねしやがんなてめえは。黙らせときゃいいものを勝手にけしかけやがって。・・・おかげで忙しくなる」

 最後はにやりと笑った友成。前半、ガリバが放ったシュート2本はいずれも枠を外れており、何の見せ場も無く終わっていた。友成としても、敵のエンジンがかかることはむしろ願っても無いことだ。枠内に飛んでくれば、セービングの見せ所だからである。

「て、てめえ・・・。じゃあ何で蹴った」

「生理的に」

「はあっ?てめえっ!!!」

 理不尽な対応に、剣崎は声を荒げるだけだった。

「・・・ったく。どうにかならんのか、あの二人は」

「いやあ、どうにかなるんだったらユースのときにしてますから」

 あきれるチョンの問いかけに、クリスは苦笑いを浮かべながら、とうにさじを投げていると言った。



 一方でガリバ側はただただ戸惑っていた。当然ながら原因は剣崎の行動である。

「あいつどういうつもりなんすか?わざわざ相手のサポーターをけしかけるなんて・・・」

 失点の原因になった春日がぼやく。それに久慈は同調しつつも、はき捨てるように剣崎を批判する。

「ガキのやることはわかんねえよ。・・・ざけやがって、大量リードの余裕なんだろうよ」

 大抵は、やはり剣崎の行動を愚行と見る発言が相次ぐ。常識的に見れば当然の反応である。しかし、新藤は一人違う表情をしていた。

「おまえは、少し違うって感じだな」

 ユニフォームを着替えている最中、ロッカーが隣のMF、行神ぎょうじんは新藤に言う。

 同い年でボランチコンビを組むチームメイトに、新藤は独り言のようにつぶやく。

「この歳になってなんか教えられたなあ。やることをやるだけ・・・ってか」

「ふーん。あいつそんなこと言ったのか。なかなか面白いやつだな」

「キャプテンとしてお前もしっかりチームを引っ張れよ。何もかもやられっぱなしなんだからよ」

「・・・。そうだな」

 行神はそうつぶやき。ほかの選手に声をかけた。

「おいみんな。・・・・・」



 後半開始を前に選手たちがピッチに姿を現した。チョンはガリバ側の選手を見た。前半はまるで死んだような目をしていた選手たちが、全員戦う表情に変わっている。

「ははっ。いい目をしてやがる。後半はまた違う試合になるな」

「そうっすね・・・」

 センターバックのコンビを組む猪口も、冷や汗を浮かべて同調する。

「あのブラジリアン2トップ、死に物狂いで押さえるぞ、猪口」

「はいっ!」


 チョンの危惧したとおり、後半は開始からガリバが猛威を振るった。

 日本代表の司令塔、新藤を基点に華麗かつ正確なパスワークで和歌山の選手たちを凌駕。警戒していたチョンをはじめ、守備陣はまったく対応できない。そのうち、エースのランドールにボールがつながれてキーパーとの1対1に持ち込まれると、友成がまったく反応できずにゴールをこじ開けられてしまう。

「まさか・・・。あの友成が棒立ち?」

 守備に回った竹内もただ唖然とするだけだった。当の友成はと言うと、決められた瞬間に高笑いする。

「マジかよ・・・。来年はあんな化け物どもとできんのかよ・・・。はははっ!ゾクゾクするね、大歓迎だ」

 その後もまるで別のチームであるかのようにガリバは猛攻を見せる。和歌山も苦しい中反撃を見せるが、生まれ変わったかのようなディフェンス陣にことごとくパスをカットされ、なかなかシュートまで持ち込めないでいる。

「いくぞぉっ!!」

「やらすかぁっ!!」

 今も、剣崎がシュートする直前に今田が渾身のクリアを見せる。気迫がこもっていた。それでいて気負いにもなっていない。動きがまるで違った。

「死に物狂いで守るぞっ!!」

 チームメートを鼓舞しながら、今田は行神の言葉を思い出していた。


「キーパーやDFがゴールを守ってボールを奪い、MFがパスをつないで、FWがゴールする。これはサッカーで当たり前のことだ。だが、俺たちは当たり前のことをできなかったから降格したんだ。もう一回、当たり前のことをやろう。何もかもあいつらにやられっぱなしはだめだ。そのためには、もうJ1もJ2も関係ない。目の前の相手に全力を出そう。それも勝負事じゃ当たり前なんだ」


(やってやる!俺たちは当たり前のことをするんだ!)

 今田の頭の中に思っていること、それはチームメートの総意でもあった。


 もともと、ガリバの中盤は国内でも屈指の陣容を誇っている。司令塔新藤とキャプテン行神のボランチコンビに、生え抜きの左の三川みつかわ、スペイン帰りの右の永池の両サイドアタッカーはいずれも日本代表でのキャップ(出場経験)を持つ。これに後半戦15戦18得点のランドールに、シーズン13得点のペリーニョのブラジル人2トップが絡んでくる。だからこそリーグ最多得点という結果を残した。とてもではないが、J2で戦ってきたアガーラの選手たちが敵う相手ではない。


 今もまたあっさりとペリーニョに2点目を献上した後、同点ゴールの決定機を迎えたばかりだ。

『もらったあっ!!』

 ランドールはゴールを確信してシュートの体勢に入る。だが、それは敵わなかった。

 至近距離まで迫った友成が、みぞおちに強烈なシュートを受けながらがっちりと受け止めたのである。


「ぐはっ!・・・・はっ・・・はぅぅっ・・・」

 息が止まるような感覚に見舞われ、しばらく動けなくなる友成。顔を青くして猪口が駆け寄ってくる。レフェリーも笛を吹いて試合を止める。

「と、友成っ!!大丈夫かっ!?」

 だが、友成は、痙攣し口からだらしなくよだれをたらしつつも、気丈に立ってみせる。そして猪口の頭をはたく。

「馬鹿野郎・・・。試合止まるだろ・・・。敵が、前がかりになってんのによ・・・。俺が、すぐに蹴れたら、カウンターだろうがっ!」

 心配してきたチームメートを怒鳴るあたり、友成はもう無事出ると示した。

 そして狂気の笑いを見せる。

「気ぃ抜くなよ・・・。これからが本番だぜ」


 まるでこの危機的状況を楽しんでいるようだった。

 

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