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相手サポーターに「喝」

「サポーターの気持ちもわからんでもない…しかし」

 新藤は大ブーイング一辺倒のゴール裏を見て歯ぎしりした。みるみるうちに物騒な文字が並ぶ横断幕も並び始めている。とてもではないが味方に対して行う行動ではない。ホームゲームでありながら四面楚歌の状態だった。

(いまのサポーターは、強い時代しか知らない人間が多い。まあ、俺もその上昇気流の最中に入ったクチやから、似たようなもんやけど…この雰囲気、みんなが飲まれんようにせんと)


 新藤が打開策を模索している中、この男はその悪化に拍車をかけようとしていた。

「ん〜、いい感じになって来た〜。もっとズタズタにしてやろうかね〜」

 同じように、内村もスタジアムの空気を敏感に感じ取る。そして、悪魔のような笑みを浮かべる。

 再開直後、竹内が奪ったボールを受けた内村は、独特すぎるステップで相手をかわし、ドリブルでバイタルエリアに侵入した。

「やらすかっ!」

 これを止めようと、日本代表のセンターバック今田が内村に対応する。それに対して、内村は嘲笑を浮かべてつぶやいた。

「そーやって、あわててボールホルダーばっか追いかけてるから、今年はダメだったんでしょ?」

 内村はそのまま後ろを振り向くことなく斜め後ろにヒールパス。剣崎がそのボールを受ける。そして、剣崎も横に流した。

「なっ!」

「シュートしない!?」

 剣崎のシュート意識の高さをミーティングで叩き込まれたガリバの守備陣は、剣崎の行動に呆気に取られる。そのすきに、ゴール前に走り込んできた竹内が、ダイレクトでミドルシュートを叩き込んだ。


 前半30分で2-0。

 ガリバのサポーターには受け入れがたい現実が目の前にあった。次第に野次もブーイングも消え、どんどん静かになっていき、あるのは虚脱感だけ。まるでこの世が終わったかのような空気が蔓延した。

「なんだよ・・・。さっきまでのブーイングはどうしたんだ?そんなに俺たちにやられんのがショックなのかよ」

 剣崎が、ガリバ側の沈黙が気に食わなかった。自分のゴールで黙らせたのではないことも一因だが、絶望したかのような沈黙が面白くなかった。ひいては、それだけ自分たちのクラブが低く見られていたということになるからだ。

「チッ・・・。勝負にJ1もJ2もあるかってんだよ。わかるまでボコってやる!」

 そこから剣崎の目の色が変わる。そしてそれを理解する選手が、仲間にはそろっている。竹内や内村、栗栖がボールを受けると、極力剣崎に回す。そして剣崎は再三ゴール前に顔を出し、強烈なシュートを放ち続ける。

「Jリーグはてめえらを中心に回ってんじゃねえっ!!40のクラブで一緒に回してんだぁっ!!」

 雄叫びをあげながら、剣崎は得意のジャンピングボレーを叩き込み、3点目を奪取した。すると、剣崎はそのままガリバ側のゴール裏に走っていった。



「な、なんや…」

「何しにきたんやっ!おどれは敵やろっ!」


 剣崎の行動に、ガリバサポーターは明らかに戸惑う。コールリーダーが、剣崎を怒鳴る。


「何しに来やがったっ!わいらを笑いに来たんかおらっ!!」


 それに対し、剣崎はどこから出ているのかわからないくらいの大声を飛ばした。

「てめえらこそ何してんだよっ!!!まだ試合もクラブも終わってねえだろうがっ!!!サポーターが声ださなくてどうすんだっ!!!」

「な、なんやと…」

「クラブがどうあろうと、サポーターに出来んのは声を出すことだろっ!サポーターが出来ることをやめちまったら選手も戦えねえんだっ!!いつまでも黙ってねえでどんどん叫んで魂送っていけぇっ!!!」


 レフェリーからピッチに戻るように催促された剣崎は、そこまで言い切ると全力疾走でピッチに戻る。戻ると同時にレフェリーに呼び止められて注意を受けたあたりは仕方ない。

 一方で敵の、それも自分たちの応援するクラブのオファーを蹴った男から叱責されたサポーターはあっけに取られたままだった。ただ、コールリーダーの、トラメガを握る手には力がこもっていた。

「あの野郎の言うとおりや・・・。俺らまで死ぬわけにはいかん・・・」

 コールリーダーは振り向くと、味方サポーターに檄を飛ばした。

「悔しいけど、あいつが言うたことは間違いない。苦しむ選手に力を与えられんのは俺らの声やっ!性根入れて声だすでぇっ!!言われたままで終わってたまるかぁっ!!!」


ドッドッドッドッドドドッドドッ!

「ガリバ!ガリバ!ガッリ〜バガリバッ!!!」

ドッドッドッドッドドドッドドッ!

「ガリバ!ガリバ!ガッリーバガリバッ!!!」


 新藤は活気づいたゴール裏を見た。そして剣崎を見た。

 訳が分からなかった。敵であるはずのゴール裏に喝を入れる選手なんて見たこと…いや、前代未聞だ。しかもルーキーが大胆な行動を躊躇なくとった。ただ唖然とするだけだった。


「おい」


 ファウルで試合が止まり、水分補給でピッチ側にいた剣崎に、新藤が声をかけた。

「おまえどういうつもりなんや。わざわざ相手のサポーターを煽るようなまねをしたんや?」

 新藤の問い掛けに、剣崎はボトルの水を飲み干してから、間の抜けた返事をした。

「あれ?駄目だったすか?」

 流石に新藤はその反応に戸惑う。

「…い、いや…悪いわけやないけど」

「いやぁ、サポーターって、声出すことしかできないけど、声は出せるじゃないっすか。たった一つだけ出来ることをしないっての見てると腹立つんすよ、何となく」

「腹立つ…?」

「俺がそうなんすよ。俺はドリブルもできないし、ポストもまだまだ下手くそだし、ぶっちゃけ技術のかけらもない。でも点をとること、これだけは必死に、それこそ死ぬ気でやってきた。どんな時でも自分が出来ることを全力を注ぐ。それやめたら駄目でしょ」




 その時の剣崎の目はぎらついていた。

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