恨みつらみ
リーグ戦最終節から2週間たった12月15日。天翔杯4回戦の日を大阪府吹田市の万博記念競技場で迎えることとなった。
ホームのガリバサポーターの雰囲気はとにかくどす黒かった。数々のタイトルを獲得し、リーグ屈指の名門としての地位を築いてきた愛するクラブが、降格というこれ以上ない屈辱を受けたのである。現役日本代表や優秀なストライカーを擁し、リーグ最多得点という勲章も得たにも関わらずに、だ。
特にガリバの司令塔、新藤和人は、その思いを重く受け止めていた。
(あれから2週間、ホーム最終戦含めると3週間か・・・。やっぱそうそう受け入れられるもんちゃうわな・・・)
降格が決定した瞬間、ガリバの選手は涙する者、天を仰ぐ者、崩れ落ちる者と様々だったが、ほとんどが現実を受け入れられないでいた。何せクラブ史上初の屈辱だ。弱小の名をほしいままにした黎明期を知るものも今の現役にはおらず、強豪としてのガリバしか知らない人間にとっては繰り返しになるが屈辱以外の何者でもない。慣れていいものではないが、エリートからの凋落ほど立ち直りに時間を要するものはない。
「みんな、下向いたらあかんで。降格が決まっても、俺らにはまだ天翔杯が取れるんや。今日の試合気張って、自分たちがJ2に落ちるようなチームじゃないってことを、もういっぺん見せようで」
チームメイトに檄を飛ばす新藤だったが、思ったより効果は出ていなかった。
対してアガーラ側は、瀕死の対戦相手に対して正直なところ戸惑っていた。なにせ相手がガリバなのだ。テレビ越し、あるいは媒体越しに名門への階段を駆け上がった日々を知っているだけに、部外者ながら「まさか落ちるなんて」という気になっていた。
「なんか殺伐としてるよな。特にサポーターがさ」
試合前のウォーミングアップで体をほぐしながら、ホームチームのゴール裏を見て竹内はつぶやいた。
「よそ者の俺たちですら驚いてんだ。当事者からしたら、まだ夢心地なんだろうな」
対面する栗栖もどこか抜けたように答える。そんな二人を見て、今日の試合でスタメンに復帰する西谷が叱咤する。
「よその心配してる場合かよ。俺たちだって来年まともに戦いきるんなら、今日も勝つだけだ。相手がどこでもな」
「それ以上に、幸せに思うことだ。何せ、今日本で真剣勝負を戦える大人のサッカークラブは16しかないんだ。目の前の一線に集中しろよお前ら」
最後に、選手たちにチョンが声をかけた。この激には全員が反応。ガリバとは対照的なチーム状態であることが浮き彫りになった格好だ。
それは試合でも同じ。日程の関係で約2週間のブランク差があるにも関わらず、しょっぱなから主導権を握ったのはアウェーの和歌山だった。
和歌山の布陣は、キーパーが友成で、最終ラインは左から桐嶋、猪口、チョン、佐久間。栗栖と内村のダブルボランチに西谷、竹内の両サイドハーフ。剣崎と鶴岡が2トップを組む。ガリバ側に長身FWがいないという事前のスカウティングから、今石監督は可能な限り攻撃に特化した布陣を敷き、これが見事に当たった。
特に躍動したのが、戦線復帰を飾った西谷だった。対峙する元日本代表の右サイドバック久慈に真っ向から勝負を挑み、競り勝った。中に切れ込んだりワイドに流れてクロスを打ち上げたりと再三ゴールを脅かすプレーを見せた。
「やるじゃねえかアツっ!俺も負けらんねえぜっ!!」
これに触発されたのが、いまや和歌山の顔でJ注目のストライカーとなった剣崎だ。
左サイドの西谷、あるいは右サイドの竹内からのクロスに対して果敢に飛び込み、鶴岡のポストプレーから生まれたこぼれ球を距離に関係なくシュートを放つ。試合勘のせいか枠を捉えるまでには至らないが、やはり最も得点の匂いを放っているのはこいつだ。
ただ、剣崎自身はやややりにくさを感じていた。ボールを持てば殺意丸出しのブーイングを浴びせられ、ボールがゴールマウスから逸れた瞬間に嫌味たっぷりの拍手を貰う。
「関西一熱いサポーターもまた手強いぜ。それでこそゴールを決めるかいがあるってもんだ」
同じようなブーイングは竹内にも浴びせられた。その理由は竹内もわかっていた。
(夏の移籍騒動で遺恨ができたからな。恨まれたって仕方ないか)
しかし、竹内はニヤリと笑ってみせる。
(だったら、もっと恨んでもらおうか!)
自分の気持ちにスイッチを入れた竹内。対峙するガリバのサイドバック、春日を一拍のフェイントで抜き去る。そして剣崎に向かって良質なクロスを放り込む。
「よっしゃいっ!!」
クロスに飛び込んだ剣崎は、相手DFに体を寄せられるよりも早く、右足を振り抜く。ボールは対角線に飛んでゴールネット…ではなく、逆サイドのポストを揺らした。
「もらいっ!」
その跳ねっ返りに西谷が詰める。上手くミートできず、ボールはキーパー藤屋の正面となったが、なんとこのイージーボールをファンブルしてしまう。
「!…っもういっちょ!」
西谷もまた慌ててもう一度詰める。キーパーの頭上を越え、DFがスライディングでクリアを試みるも、ボールはゆっくりと弾みながらゴールマウスに転がった。
「またかよ…」
ガリバサポーターの一人がつぶやいた。
キーパーのファンブルも、左サイドを崩されるのも、今季嫌というほど眺めてきた。それをまた見せられ、先制点を献上。サポーターの怒りは一気に爆発した。
「ってめえっ藤屋っ!!ボールとれねえなら手ぇちょん切れやボケェっ!!」
「春日ぁっ!オンドレ学習能力ないんかっ!!おんなじミスばっかやらかしやがってホンマぁ!!」
スタジアムが、少しずつおかしくなってきた。




