もぎ取れ、勝ち点3
開幕戦を快勝した和歌山だったが、続く山形、福岡のアウェー連戦は、いずれも2−1で落とした。財政難の和歌山にとって、アウェーの移動手段はバスに限定され、時に一般道も通るため、余力のある春先ですらコンディション調整が難しい。おまけに2試合とも雨の中でのゲームが続いたために、何人かが体調を崩し、中2日の第4節はホームゲームにも関わらず、昨年最下位の岐阜にスコアレスドローに終わる失態を犯した。 その翌日、紀の川市内のクラブハウスで、全員参加のミーティングが開かれた。
「1勝1分け2敗の勝ち点4。解任騒ぎをはじめボロボロの去年と、新人だらけの今の状態を考えると、まあ悪くないという感じか。どっこい、今年のチームのポテンシャルを考えりゃあ、40点の出来だ。次勝って五分の星にして、やっと及第点だ。開幕から3勝1分けで2位の好調尾道とのアウェーっつっても、勝ち点3が絶対だってことを頭に入れとけよ」
若手からベテラン、レギュラーからベンチ外、全員が真剣な眼差しをしていた。今石監督の訓示のあと、和泉コーチが要注意の選手を指示する。
「えーと、まずはFWの有川。開幕の千葉戦と次の松本戦で決勝点を上げている。初スタメンの熊本戦はゴールなかったけど、前節の鳥取戦で2得点。尾道のスタートダッシュの原動力だ。高さとテクニックが備わるストライカーだ。まずは彼にボールを渡さないこと、そして自由にさせないことだ」
友成、チョンら守備陣は有川の映像をしっかり見つめている。特に、鼻骨骨折からの復帰が決まっている猪口が、ブツクサとつぶやきながら、頭の中ですでにシミュレーションしていた。続いて画面が切り替わる。「向こうの守備陣の要のモンテーロ。1対1だけじゃなく、この最終ラインの弱点の空中戦においても強さが一際光っている。それにオフサイドトラップも上手い。でも、だからといって裏をとるのをやめるな。千葉戦や熊本戦でも、押し込まれたときに下がる癖がある。取られてもいいから、積極的に仕掛けろ」
最後にベテランのFWが映し出された。
「そして彼、荒川は切り札として出てくる。まだゴールはないが、彼が投入された後は攻撃が活性化されている。リードしているからと言って絶対に気を抜くな」
「まあ、最低限、この3人をまず注意しとけ。例の如く、うちはアウェーのベンチ入りは5人。枠は限られてるが、しっかりアピールしてくれい。西谷以外は」
今石監督の最後のフレーズに笑いが起きた。前節西谷は、レフェリーの不可解なジャッジに激昂し、一発退場を食らっていた。幸い、後日にミスジャッジとわかって追加処分はなかったが、次の尾道戦は出場停止となっていた。
ミーティングが終わると、選手たちは練習場で汗を流した。
「クリっ、俺によこせっ」
セットプレーの練習で、剣崎はキッカーの栗栖にボールを要求する。期待に応えて絶妙なクロスが飛んでくる。
「川久保さん、その馬鹿に体よせろっ!」
「誰が馬鹿だゴラァッ!」
剣崎は、体を寄せてきた川久保を背負いながら、右足を振り抜く。友成が微かに触れて枠を辛うじて外す。
「ちぃっ!」
「剣崎ドンマイ。次決めりゃいい」
「おうクリっ!また頼むぜ」
栗栖に励まされ、すぐに切り替える剣崎。だか、悶々とした気持ちが、今の剣崎の頭の中を支配した。
(くっそ〜…ぼちぼち点とらねえと)
現在のチーム得点王は、開幕から3試合連続でゴールを決めた竹内。コンディションは互いに差がない上に、平均のシュート数は上回っているだけに、結果が比例していないことが、剣崎にとって最も悔しいところだった。だからこそ、次の試合への思いは強い。
(俺は背番号9を背負ってんだ。絶対に次はゴール決めるぜ)
燃えているのは、剣崎だけじゃない。開幕戦以来出番のない鶴岡と、故障が癒えてようやく合流した沢松の超高層FWの2人も、目の色を変えて練習に励んだ。
(アツシがいない次の試合で、ゴール決めてアピールするんだ)
と鶴岡が意気込めば、
(若い連中には負けられねえ。ここで終わると男がすたる)
と沢松も気力十分だった。
そんなギラギラしたF Wたちは、大学生では止められない。翌日行われた京都文芸大との練習試合では、11−0と圧勝した。
3月26日。第5節の日を迎えた。会場の備後運動公園陸上競技場には、赤と緑のレプリカを身につけたサポーターが集まっていた。
特にホームチームのゴール裏は2色に染まり、「ジェミールダートッ!!」と連呼している。その反対側、アウェー側の和歌山サポーターは、ジェミルダートの100分の1がいるかいないか。全員が固まっても30人もいなかった。「よく集まったぜ、暇人どもっ!」
コールリーダーのケンジが、トラメガで仲間たちを景気づける。笑いながら「イエーイ」と反応するなか「それはあんたらだろ」と言うツッコミに一同大笑い。気を取り直してケンジが叫ぶ。
「さあ今日は正念場だ。4試合で1勝1分け2敗…これでいいのかっ?」
「よくないっ」
「もっとできたはずだっ」
とある親子が交互に叫ぶ。
「じゃあ、どうすりゃいい?」とケンジが聞けば、
「今日勝つことっ!」
「勝ち点3を持って帰るっ!」
と、カップルが答え、
「勝率を5割にして、4月に挑むんじゃ」
と最年長のおばあちゃんが締めた。
「その通りっ!ジェミルダートに一泡ふかして、勢いを根こそぎ奪い取るぞぉっ!!!」
全員が合わせて雄叫びを上げた。
「そいじゃあ景気づけに、今日のスターティングイレブンだっ!」
続いてケンジの弟分、ユウタが携帯片手にメンバーのキャッチフレーズを読み上げた。
天下無双の、超攻撃的守護神っ!背番号、20っ、GK、友成っ哲也っ!
(ドンドンドン)「ともなりぃっ!」×4
チームと共に、歩みつづけるバンディエラっ!背番号、6っ!DF、川久保っ隆平っ!
(ドンドンドン)「かわくぼぉっ!」×4
無失点のカギを握る、エースキラーっ!背番号、2っ、DF、今日から復帰、猪口っ太一っ!
(ドンドンドン)「いのぐちぃっ!」×4
その男、天才につき…。背番号、3っ、DF、内村っ宏一っ!
(ドンドンドン)「ひろいちぃっ!」×4
最前線へかっ飛ばせっ!驚異の長距離砲。背番号、26っ、DF、今日がデビュー戦、パク、カンシンっ!
(ドドン、ドドン)「パクカンシ−ン」×3
ピッチのイレブンを、統べる闘将っ!背番号、17、MF、キャプテンっ、チョン・スンファンっ!
(ドドン、ドドン)「チョンスンファ−ン」×3
放つパスは正確無比!閃くアイディアは唯一無二!背番号、8っ、MF、栗栖っ将人っ!
(ドンドンドン)「くりすぅっ!」×4
ピッチを吹き抜ける、一陣の風っ!背番号、16っ、FW、竹内っ俊也っ!
(ドンドンドン)「としやぁっ!」×4
成長率は無限大っ!前代未聞のストライカーっ!背番号、9、FW、剣崎っ龍一っ!
(ドンドンドン)「りゅーいちぃっ!」×4
「あれ?なんか早くね?」
「もう剣崎?」
テクニックも完備。走る巨塔っ!背番号、18、FW、鶴岡っ智之っ!
(ドンドンドン)「つるおかぁっ!」×4
元祖っ、人間摩天楼っ!背番号、11、FW、沢松っ勇剛っ!
(ドンドンドン)「さわまつぅっ!」×4
「うおっ、FW4枚?」
「2トップでけえなっ」
「迫力あるわねぇ」
「中盤の守備大丈夫か?」
「続いてはぁ、リザーブの5人だっ」
つねに冷静。泰然自若のジャニーズ系っ!背番号、1、GK、天野っ大輔っ!
(ドンドンドン)「だいすけぇっ!」×4
逆境を跳ね退ける、熱きファイターっ!背番号、15、DF、園川っ良太っ!
(ドンドンドン)「りょおたぁっ!」×4
華麗さと泥臭さを併せ持つ、汗っかきナンバーテンっ!背番号、10、MF、小西っ直樹っ!
(ドンドンドン)「なおきぃっ!」×4
勝ち点を生み出す、「持ってる」漢っ!背番号、25、MF、野上っ康生っ!
(ドンドンドン)「こーせーぇっ!」×4
ドリブルの切れ味は、まさに名刀っ!背番号、7、FW、桐島っ和也っ!
(ドンドンドン)「かずやぁっ!」×4
監督は、叫びつづける、ミスターポジティブっ!今石っ博明っ!
(ドンドンドン)「いまいしぃっ」×4
そして、チームを鼓舞するっ背番号、12、俺達アガーラサポーターぁっ!!!
「わーかやっまっ!」(ドドンドドンドン)×4
準備万端、サポーターはその時を待つ。