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静かに激しく燃える

「あ〜あ、ガリバ落ちたか…」

「げっ!新潟勝ちで神戸負けだから…新潟が残留したぞ」


 12月1日夕方。アガーラ和歌山のクラブハウスでは、テレビ中継やスマホで選手たちが結果に一喜一憂していた。

 残り二枠を残していたJ2への降格争い。セレーノとガリバの大阪の両クラブと、神戸、新潟の4クラブが対象となり注目を集めていた。アガーラの選手たち(主に若手)も、来年はどこと戦うことになるのか、興味本意で中継を見ていた。

 そして今、試合が終了し、クラブハウスは今のような騒ぎになっている。


「分からねえもんだな〜ガリバなんか日本代表のレギュラー抱えてんだろ」

「まあ、あれだけ点取られてちゃなあ。3点取らないと勝てないんだろ」

 竹内や江川がいろいろ感想をつぶやくが、見下すように友成がテレビの向こう側を吐き捨てる。

「はっ。面汚しもいいとこだ。関西のサッカーを殺しやがってさ」

「こ、殺すって、そんな物騒な」

「死んだも同然だろ。ガリバ、セレーノ、神戸、京都、奈良、和歌山。6つあるJクラブのうち5つが2部だぜ。来年の神奈川県だけにすら負けてんだぞ」

「関西が6分の5で神奈川県が4分の3…。確かに比率は負けてるわな」

「挙げ句、セレーノも残留争いで関西のクラブは揃いも揃ってJ1の当落線上だ。無様極まれりってよく言ったもんだ」


 普段はあまり感情を表に出さない友成だが、この結果に到底納得できないようで、まくし立てるように和歌山を含めた関西6クラブを非難。竹内らは友成の怒り様に戸惑いつつ、共感できる部分もあった。

 一通り言い終えた友成は、最後にこう言った。

「日本一サッカーが弱い県のクラブが、優勝して昇格すりゃ、少しは面目立つけどな」

 来年への自信と覚悟が込められていた。

 ちなみにこの試合に無関心だった剣崎は、いつものように自主トレをした後に結果を聞き、絶叫しながら驚いたという。ついでに言うと、来季から社長業に専念する竹下GMは「近いところばかりでよかった。遠征費がかかりすぎないですむ」と胸をなでおろしていた。



 それから2日後、都内のホテルでJリーグアウォーズが開催された。いわば今シーズンの表彰式である。基本的にはJ1の選手の表彰式がメインではあるが、J2からも得点王とMVPを選出して表彰する。その2つを和歌山の選手が独占したのである。前者が36得点という新人、いや日本人離れした記録を残した剣崎、後者が40試合で24ゴールだけでなく数多くのアシストも記録した竹内が受賞したのである。二人は竹下GMと三好広報に連れられて会場にいた。




「うーん…なんか落ちつかねえな、この格好。堅苦しくてよ」

 スポンサーから支給されたタキシードに身を包んだ剣崎はそうぼやいた。

「まあ俺らはこういうの着る機会ってなかったし、動きにくいのは仕方ないさ」

「つってもなあ…、蝶ネクタイが七五三みてえで恥ずいわ」

「よほどのことがないかぎり、大人になって蝶ネクタイ付ける機会もないしな」

 ぐずる剣崎を大人のコメントでたしなめる竹内。「まるで兄弟みたいね。体格はあの配管工だけど」と三好はやり取りを見ながら苦笑した。

「いいじゃない二人とも。せっかくの表彰式なんだから、これくらいピシッとしないとね」





「それではまず、2012シーズン、J2の各賞の発表、および表彰を行います。まずは得点王の発表です」

 司会の進行の後、ドラムロールが響き、大型ビジョンには剣崎のゴールシーンがいくつか流れた。そのなかには尾道戦のロングシュートや、東京戦でのバイシクルなど派手なゴールがチョイスされていた。

「2012シーズンのJ2得点王は…アガーラ和歌山、背番号9、剣崎龍一選手です!」

 司会から名前が読み上げられると、席に着いていた剣崎にスポットライトが集まった。その光に「眩しっ」と思いながらステージに登壇し、ドレスを着た女性プレゼンターからスパイクを象った銀のレプリカを受けとった。さらに司会者が「では、受賞にあたりコメントを伺いましょう」と、剣崎にマイクの前に立つように促す。ここで剣崎は天然ぶりを見せた。


「えっなんかしゃべるんすか?」


 思ったことが口から出て、それをマイクがしっかりと拾って会場に流したために、参加者から爆笑が起きたのである。

 さすがにバツが悪いのか、咳ばらいをしてから剣崎は再度マイクの前に立った。

「えーっと、1年目に一番点がとれたってことがまず嬉しいっす。何も考えず蹴って蹴って蹴りまくったんで、その分サポーターをがっかりさせたんで、来年は蹴ったシュートは全部ゴールするつもりで頑張ります。そして再来年には、J1の得点王としてこの舞台に立てるように頑張りますっ!あざっしたっ!」

 出足はコケたが、本心で言い切った剣崎のスピーチに、最後は拍手が起きた。


 同じような進行でJ2のシーズンMVPを受賞した竹内も、ステージに登壇して記念プレートを受けとりスピーチをした。

「剣崎も言ったんですけど、この一年間はただただ必死だったので『気がついたら頂けた』という感覚です。J1昇格とJ2優勝という目標に達するためにはまだまだ精進しないといけないと痛感もしたので、来年は今年以上の数字と勝利に直結するプレーが出来るように頑張ります。ありがとうございました」



 剣崎たち一行は、アウォーズが終了するとその日のうちに和歌山に戻った。その車中、剣崎はJ1のベストイレブンの記念撮影の様子を思い出していた。そして隣に座る竹下GMにぼやいた。


「やっぱ表彰されるならJ1に上がらねえと駄目っすね」

「ベストイレブンの表彰ですか」

「スパイクもらった時は嬉しかったけど、アレ見ちまったら吹っ飛んじまったっすよ」


 剣崎と竹内がJ2部門の受賞者としてツーショットの撮影が行われた後、J1の選手たちの表彰が行われた。ベストイレブン、得点王、フェアプレー賞、そしてMVP・・・。どれも格段に華やかになっていて、扱いは歴然。自分たちがまだまだ前座であることを思い知らされた。

 竹下GMはそんな剣崎に語りかけた。

「では、その悔しさを、来年・・・いやその前に天翔杯にぶつけてください。クラブの土台を強固にするのが私たちフロントの仕事であり、クラブの歴史を彩るのは、君たち選手の役割です。期待していますよ」

「・・・うすっ!」


 剣崎は静かに、そして力強くうなづいた。

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