バドマンのサッカーとは?
リーグ戦が終わり、練習場の周りの木々がすっかり葉を枯らした今日この頃。
3位という過去最高順位で終えながらライセンス問題で昇格がお預けとなったアガーラ和歌山だが、練習は活気に包まれていた。というのも、アガーラ和歌山は天翔杯を勝ちあがっているのである。スポンサーから提示された条件のうち、リーグ戦を昇格圏内の順位で終えるという課題はクリアしたが、まだ天翔杯ベスト8というのが残っている。最終戦後、5日間の自主練習期間を経た後はゲーム形式とコンディション調整に明け暮れた。
一方で、クラブハウス内でもバドマン新監督と竹下GM、それと新卒担当と移籍担当の両スカウトを交えて新戦力の調整に追われていた。
「ふむ。なかなか質の高い大学生じゃないか。さすがこれだけの個性派集団を集めただけはある」
バドマンは、目処がついた新卒のリストを見終えると満足げに話した。
「ま、去年の剣崎たちは私が見つけてきたわけじゃないんで・・・はは」
新卒担当スカウトの片山は自虐的に返す。
「しかし、特に大学生は保障しますよ。広島と静岡を往復したかいがありましたよ。・・・財布はきつかったですけどね」
片山の最後の一言に、竹下GMは「耳が痛いですね」と笑うしかなかった。
「だが、正直なところ高校生はめぼしいのはいないな・・・。高校生の新卒はユースからの昇格組でいいだろうな。移籍選手はどうだろうか」
バドマンは表情を引き締めて移籍担当の川辺に聞く。
「うーん・・・。最近は若い選手の戦力外も増えてますけど、そのなかに原石があるとはちょっと。ただ、事前に伺っていた『経験豊富な外国人』という要望については、マルコス・ソウザの目処が立っています」
その言葉にバドマン以外は目をむく。特に竹下GMは少し興奮気味に。
「それは本当に大きいですね。彼ほどの百戦錬磨に加入してもらえるとは」
「年齢が年齢なんで誰も手を付けなかったんですよ。ただそれはうちに入った場合にも気になるところですがね」
マルコス・ソウザ。中盤ならどこでもこなす、チョンと同い年のブラジリアンである。2004年に大宮キャリアをスタート。J1昇格と残留に貢献したのち、鹿島でリーグ3連覇を経験。今季は湘南の昇格に貢献した正に百戦錬磨である。年齢の不安もあり先日契約解除となったが、真っ先に声をかけたことが実り獲得にこぎつけたのである。
「あとは何人かの交渉を詰めているところです。でもFWの補強はしなくていいんですか?」
川辺の質問に対して、バドマンは笑みを浮かべながらうなづく。
「これ以上、FWを補強する必要は無いでしょう。剣崎だけでなく、竹内、西谷、鶴岡。これだけの選手がいれば十分だ。それにユースから昇格した矢神君。練習を見ただけだが非常に楽しみだ。彼ら5人で十分に回せるだろう」
「でも、万が一ってことも・・・。竹内も西谷もサイドで結果を残していますし」
「川辺さん、あなたの不安はもっともだ。長丁場のリーグ戦、どんなアクシデントがあるかはわからない。選手の頭数は多いほうがいい。しかし、竹内も西谷も私は極力サイドで起用したくは無い。二人とも本質的にはストライカーなのだからね。5人で2つのイスを争わせるつもりだ」
「それは、仮に剣崎君がいすから落ちることもありうる、そういうことですか」
竹下GMの質問にもバドマンは笑みを浮かべつつ毅然とした口調で答える。
「無論だ。FWとはそういうもの。私はそう考えて現役を過ごしてきましたよ。ストライカーという生き物は最も栄光をつかみやすい一方で、最も手のひらを返されやすい存在だ。点を取ることを宿命付けられている以上、剣崎にもその試練に立ち向かってもらおう。・・・彼は十分可能だと思うが、チーム内の競争ですら生き残れないのならそれまでだよ」
バドマンの言葉に、一同背筋を凍らせた。陽気な性格の裏に潜む、勝負師としての顔が見えたからだ。
一方で当の選手たちも、天翔杯で対戦するガリバ大阪の動向以上に、バドマンがどういう監督かが関心ごとだった。
「ん~、どんな監督かって言われてもねえ・・・」
特に若い選手は連日、内村に囲み取材をしていた。
「そうだなあ・・・。まあ、今石監督よりは采配に幅があるかな」
それには思わず全員が吹き出す。特に今石監督本人が。
「おいおい、言うじゃねえかこのやろう。まあそういわずに教えてやってくれや」
一呼吸おいて、内村は思い出すように話した。
「そうっすねえ。守備に関しては規律を求めてくるな。プレスをかけるタイミングとか、マークする選手の受け流しは特にな」
「連携を重要視するってことですか」と竹内が聞いたが、内村はそれを否定する。
「連携というよりも、タイミングつうか呼吸を大事にするな。ピッチにいる全員が守備についての意識を共有することを求めてくるわな」
「タイミング?」
「つまり、連動のズレで生じるスペースを、極力作らせないようにしてたってわけだ。ベルリンでやってたときも、うちのチームDFはカスばっかりだったけど、スペースを作ることは少なかったから失点を抑えれたしね」
「ズレってなんだ?ボール持ったらすぐ奪いに行くもんだろ」
「知能指数の低い質問だねえエース君よ。確かにサッカーで攻守を切り替える手段はボール奪取にある。だが、お前さんばかり勝手に先走ったら、ほかの選手の対応が遅れている分ズレができるだろ。パスが通る空間ができれば、ゴールの危険がそれだけ増えるってとこさ。うちの守備陣もザルなところあるしな」
「そうっすね」
「あのなあ・・・」
あっさりと友成が全肯定するのを見て、川久保は眉間にしわを寄せるが思い当たるので反論はしない。
「で?攻撃については」という栗栖の質問には、内村は意外な答えを返す。
「さあ?」
「さあ…って?」
「いや、あの人攻撃に関しては選手に一任してんだよね」
「え?つまり、ほったらかし?元FWなのに?」
栗栖だけでなく、その場にいた誰もが呆気に取られる。内村は続ける。
「いや、セットプレーとか相手の対策とかはするけどさ、基本的に攻撃は口出ししねえな。『ピッチの中にいる選手の感性が答えを導く』なんてよく言ってたし」
「放任主義と言うわけか?」
「まあ…チョンさんの言う通りかな。ただFWはしっかりしろよ、あの人FWにはとにかく厳しいかんな」
「というと?」と剣崎が聞く。
「あの人、自分が得点王とったこともあってか、とにかく点の取れないFWは嫌いでね。試合中に得点の匂いを見せなかったら外すからね」
「スタメンからか?」
「いや、チームから。そういうFWが試合の次の日に契約解除ってことが何回かあったね」
サラっと言った内村の言葉に、FWの選手たちは目を見開く。だが剣崎は燃えていた。
「はっ。じゃあ俺はいつも通りにしてりゃいいってことか。燃えるぜ」
「そういうこと。逆に言えば点をとる意識を持ち続けりゃ、眼鏡にかなうってわけ。あとは実際に指示を受けて体感するこった」
バドマン監督に率いられたチームはどうなるのか、誰もが期待と不安を抱いたが、今は天翔杯に集中するだけだ。




