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バドマンの挨拶

 最終戦を快勝で締めくくったアガーラ和歌山。桃源郷運動公園陸上競技場ではセレモニーが行われた。ピッチに全選手が整列し、はじめに退団する選手たちがあいさつする。トリを務めたのは瀬川だった。

「今日の完封勝利は、僕のアガーラで過ごした7年間の恩返しです。来年は必ず、敵としてこの桃源郷、あるいは改修が終わる紀三井寺のピッチに立ちたいと思います。その時は、盛大なブーイングをお願いしますっ!サポーターの皆さん、ありがとうございましたっ」

 力強いあいさつにサポーターから大合唱が起きたのは言うまでもない。



 続いて今石監督。マイクの前に立った時には、一部からブーイングが出た。まあ、何となくわからないでもない反応か。聞こえた時、今石監督は少し顔をしかめ、神妙な面持ちになった。

「え〜…。私に対しておっしゃりたい方がいることは、覚悟しておりました」

 一つ息を吐いて、今石監督は力強く語った。

「そういう反応も覚悟の上で、J1に定着できるようなチームを作り上げるように努めてまいりました。そして、万全の状態でチームを託せる指揮官を招聘しました。必ず、生まれ変わった紀三井寺で、その日が来る!そう言い切れるくらい選手が頑張り、サポーターから声援、叱咤激励を頂きました。引き続き、GMとして、その可能性をより現実に近づけるようにチームを支えます。今後もアガーラ和歌山をよろしくお願いしますっ」


「オヤジらしいな…」

 スピーチを聞いた剣崎はつぶやいた。

「…どこがだ」

 隣に立つ友成は聞き返す。

「だってよ、全部言い切ってんじゃん。『と思う』って言ってねえ」

「…まあな。ああは言ってるが、結局は選手にしわ寄せが来てんだ。…俺が守護神である以上、昇格は当然の話だ」

「俺も、来年は42点取ってやらあ」

「…あてにはせんぞ」

 目を合わすことなく会話したが、互いに昇格への思いを胸に秘め、それを燃やした。


 そして締めくくりはバドマンだった。まずサポーターはじめ、観客は通訳を連れず、今石監督から直接マイクを受けとった姿に戸惑っていた。

「はじめましてっ!はるばるデンマークからやってまいりました、ヘンドリック・バドマンでぇ〜すっ!」

 硬い感じからはっちゃけた初っ端のあいさつ。バドマン節全開だったが、会場は面白くもつまらなくもないなんとも微妙な、しかしすべった感ありありの空気に包まれた。だが、このデンマーク人はそんな空気すら満面の笑みで堪能しているようだった。

「皆さん覚えていませんか?日韓W杯のおりに、やけにノリのいい通訳がいたことをっ!それが、私です。25年間人生をともにする大和撫子の妻とともに、この和歌山にサッカーで歓喜をもたらすために、この度はるばる飛行機を乗り継いでまいりました」

 しかし、この問い掛けも反応は今ひとつ。なにせもう10年前の話だ。だいたいは「ああ、あの人ね」という雰囲気にはなったが、喝采を呼ぶにはもう一歩足りない。

 だが、何度も言うがそんな空気はこの男にはお構いなしだ。まるでスベリを売りにしている芸人であるかのように、テンションが上がってきた。

「しかし、私はこんな空気は気にしませんっ。たぶん今の私はこの和歌山という地域において、甲子園に出る高校球児よりも無名です。ですが、来年の秋、私は必ずこのスタジアムに駆け付けた皆さんに讃えられているという確信があります。なぜならここにいる今石監督の下、鍛え抜かれた怪物たちが揃っているからです。今は何を言っても説得力はありませんし、元旦まではアガーラ和歌山は今石監督のチームです。ですから今日のところは元旦を国立競技場で迎えられることを祈り、あいさつを締めくくることにします。ありがとうございましたっ!」




「ヒッヒッヒ、相変わらずっすねえバドマンさん」

 セレモニー後、ロッカールームにて内村はバドマンと握手とハグをかわす。自分を見出だした恩師との再会は内村にとって願ってもないことだった。

「いやいや、君も日本に帰ってきて素晴らしい経験を積んだようじゃないか。これなら天翔杯を国立競技場で終えられそうじゃないか」

「な〜に、まだ一月は間が開くんでね。もっといいもの見せれますよ」

「楽しみにしているよ。ただし、まだチームは今石監督のものだ。観客の一人として楽しんで見させてもらうよ」



「オヤジっ!」

 クラブハウスに戻り、帰り支度をすませた剣崎は、ロビーで一息ついている今石監督を見かけて声をかけた。

「なんだ剣崎。俺とお前は血がつながってねえんだぞ?」

「あのよ…その…、4年間っ!ありがっざいましたっ!!」

 ガチガチに身体を固めて背を正し、今まで使わなかった敬語を駆使し、大声で示した感謝の意。今石監督は嬉しくもあり恥ずかしくもあった。そんなまな弟子に、今石監督はエールを送る。

「…もうお前は文句なしにうちのエースだ。周りの得点への期待は大きくなり、とくにサポーターからの期待は過剰なほど大きくなる。それを超えるのが背番号9を背負うFWの宿命だ。…それを超えろよ」

「ウスッ!ぜってーこえてやらぁ。俺はJ通算200ゴールを狙う男だからな」

 愛弟子の豪語に、今石監督は目を細めるのだった。


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