シーズン最終戦
2012年のシーズンも、11月11日のホームゲームの横須賀FC戦を持って終了となる。昇格圏を確保し、本来ならプレーオフでの活躍が期待されるところだが、J1ライセンスを有していないために、来年に持ち越されることになった。それでも桃源郷運動公園陸上競技場には、キャパシティーいっぱいの2000人のサポーターが駆け付けた。
「いうっしっ!いっちょうハットトリックかましてくっか」
一つ大きく息を吐いて、剣崎は立ち上がった。実質的に消化試合である今日のゲームの見所は、剣崎のリーグ記録更新である。当の本人も更新に大きく意欲を燃やしていた。ただ剣崎の鼻息が荒いのは、それだけが理由ではない。
「じゃあ寺さん。今日はよろしくお願いしやすっ!ぜってー花道飾るんで」
「はは。それじゃあ記録更新に立ち合わせてもらうかな」
剣崎は傍らの寺島に、気合いのこもった声をかけた。寺島だけでなく、この試合には藤川と野上、そして瀬川がスタメンで起用された。最終ラインの面子は去年見慣れた光景だ。
「こういう人達を送り出すんだ。攻撃担当はでしゃばろうな、栗栖、俊ちゃん」
ボランチで起用される内村が、栗栖や竹内に声をかける。さらに、この日は離脱していた西谷が予想よりも早く回復し、ベンチ入りにこぎつけた。
「なんとか…、リーグ戦に間に合った」
本人も特別な思いを抱いていた。最後に今石監督が激を飛ばした。
「今日はアガーラ和歌山というクラブにとって特別な一日だ。クラブを去る連中の花道飾って、自分達がJ1に相応しいクラブであることを存分に見せてこいっ!いいなっ!」
チームへの思い。それがそっくり血肉となって勝利につながればいいのだが、実際はそうは行かない。その思いが余計な緊張となって、和歌山の選手たちは金縛りにあった。さらに記録更新のかかった剣崎に対して、横須賀のDFたちは捨て身の守備を見せる。3人がかりで剣崎を囲み、徹底してパスをカットする。シュートに対しては体を張ってブロックし、懸命に体を寄せて体制を崩させる。さすがの怪物も沈黙した。
だが、和歌山がここまで勝ち点を積み重ねてきたのは、剣崎だけの働きではない。むしろ右サイドに定着した、この男の活躍があってこそだった。前半のロスタイムである。
「前半ラストプレー、光ってもらいましょうか」
不敵な笑みを浮かべた内村が鋭いキラーパスを放つと、どんぴしゃりのタイミングで抜け出した竹内がキーパーとの1対1を制し先制点を挙げた。それと同時にホイッスルも鳴った。
「くそ・・・」
ロッカーに引き上げるときにこうぼやいたのは、リーグ記録更新のかかった剣崎、ではなく寺島である。
(俺が出ただけでこうも攻撃がちぐはぐになるとは・・・情けない。これじゃあ戦力外になっても仕方ないな。だが・・・俺もこのまま終わるわけにもいかん!)
後半、リードしていることから硬さが取れたか、和歌山の選手たちは動きがよくなった。特に寺島の動きがよかった。前半の竹内のゴールが、寺島にハッパをかけたのだ。
(2トップ組んでて、相方ばかり抑えられてるのに、なんで俺が決めないんだっ!FWの位置でプレーしてる俺が)
「竹内っ!」
「っ!寺島さんっ!」
右サイドを駆け上がった竹内にクロスを要求する寺島。そこに竹内はきれいなクロスを打ち上げる。
「俺だってエースだっ!」
吠えながら寺島は竹内からのボールに飛び込んだ。頭で捉えたボールは惜しくもクロスバーを叩く。誰もがため息を漏らす中、クリアされないルーズボールに真っ先に反応したのは剣崎だった。
「もう一丁っ!」
右足を豪快に振り抜く。弾丸のようなボールは、今度はポストに弾かれる。
「いっただきぃっ!」
さらに走り込んできた栗栖が左足でつめる。今度はキーパーが弾く。横須賀のDFがクリアを試みるが、それをあっさりと掠め取り、ほくそ笑みながら内村がミドルシュートを叩き込んだ。
「ごっそうさん」
追加点の歓喜に湧くゴール裏。内村は寺島に「こぼれ球、ゴチでーす」と肩を叩いてサポーターの下へ駆けた。その様子を、寺島はぼーっと見つめていた。
不思議な感覚だった。今シーズン、ベンチ、スタンド、テレビ、ピッチとあらゆる場所から何度となく見てきた波状攻撃。開幕当初に真っ先に頭に浮かんだのは「自分のシュートの信頼度」だった。シュートが信頼できないから、外れる確率が高いからみんながつめてくるのだと。だが、今更ながらこの波状攻撃の根底にあるものが理解できた。
「シュートを打てば何かが起きる、だから足を止めない。…これが今のアガーラ和歌山のサッカーなんだな」
「川久保っ!ファー来るぞっ!」
コーナーキックの攻防で瀬川が叫ぶ。それに呼応して、川久保がクロスをヘディングでクリアする。長く見慣れこの光景だが、あと10分程でそれが終わる。瀬川もまた意地を見せた。
「最後まで若造ばっか目立ったままでたまっかよ」
最終戦でようやく得た今季初スタメン。若手の台頭に押し出され、気持ちを腐らせた時期もあり、愛着のあるクラブから戦力外を受けた。だからこそ、今シーズン迷惑をかけたクラブへの詫びとしてこの試合を完封する。瀬川なりのけじめだった。
「川久保、瀬川のためにも、シャットアウトしようや」
「当たり前だ」
村主の呼びかけに、川久保は笑みを浮かべて答えた。二人もまた、去り行く戦友へのはなむけとして、この試合への思いをぶつけた。
試合はそのまま2−0で終了。剣崎の新記録も、去り行く選手の惜別弾もなかったが、当事者達は満足の笑みを浮かべていた。アガーラが生まれ変わったことを、肌で実感していた。




