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ロマンスグレーの侵入者

「うおりやっ!!」

 人もまばらな練習場で、剣崎はゴールに向かってボールをけりこんだ。振り切った右足から放たれたボールは、強烈にネットに突き刺さり地面に落ちた。ゴールの中にはサッカーボールが10球は転がっている。

「うっし。あと20発いくか」

「感心するねえ。今日も居残りかよ」

 帰途に着く途中に剣崎を見つけた栗栖が、声を掛けながら練習場に入ってきた。

「汗だくで湯気出てんぞ。何本蹴ってんだ?」

「んあ?次の20で500だ。それで上がりだ」

 息を切らすことなく、ボールを拾ってかごに入れていく剣崎。ユースチームに入団してから毎日の日課として、500本のシュート練習を課している。左右250本ずつ。剣崎にといってこの練習は、野球で言う素振りのようなもので、ボールを蹴ったときの感触を残しておきたいために行っている。

「あ、最後の20はヘディングしてえからよ。お前コーナーキック蹴ってくれよ」

「はあ?ジーンズの運動靴でかよ」

「お前ならいけるだろ?適当に蹴ってくれよ」

「・・・しょうがねえなあ。メシおごれよ」

 めんどくさそうにため息を漏らすが、いやではない栗栖。こういうやり取りはユースのときから続いていた。ちなみにお礼におごってもらったためしはまだ無い。

 その後20本、剣崎のヘディング練習に付き合った栗栖。弘法筆を選ばずとはよく言うが、栗栖のボールは正確に剣崎の射程圏にボールを打ち上げる。剣崎はそれをヘディングで、そしてたまにオーバーヘッドで次々とゴールに打ち込み、今日の自主練習は終了した。



「しっかし…オヤジが退任するなんて思ってもなかったよな」

「監督もずいぶん悩んでたみたいだしな。俺達下っ端がどうこう言う問題じゃねえさ」

 剣崎のストレッチに付き合う栗栖は、剣崎のつぶやきにさばさばと答えた。

「まあ、俺達ユース組は4年も世話になったんだし、最終戦と残りの天翔杯も勝ちきって送りだしゃいいだけさ。お前も明日点とれば新記録だろ?」

 最終戦、世間のアガーラ和歌山の注目は「剣崎が新記録を作れるか」だ。リーグ記録は07年に当時東京ヴィクトリーに所属していたブラジル人FWブッキの38得点。2ゴールで並び、ハットトリックで記録更新という実に出来過ぎでおいしいシチュエーションである。

 普通ならニュースで取り上げるには、可能性が低すぎて扱いにくいが、ネット上はもちろん一部サッカー関係者(主に元FW)に、カオス的な爆発力が評価されており、注目度は低くはなかった。

 だが、当の本人は「39じゃキリが悪いや。40まで行ってやるって」と記録更新が目標ではない。



「おおぉっ!何ということかっ!私の目の前にモンスターが二人もいるではないかぁっ!まっさっにっ運命的っ!まさに神の思し召しぃっ!!!」



 と、人気の少ない練習場に、突然大声を張り上げながら堂々と侵入してきた男がいた。二人は驚いて歩いてくる男を見る。頭髪はまさに純白。黒く縁の太い眼鏡をかけた白人。まあ、いわゆるロマンスグレーの出で立ちづ少なくとも日本人ではない。そんな男が憧れのヒーローに出会ったか幼児のように、両手を大きく広げてはしゃぎながら駆け付けてきた。


「だ、誰だよてめぇ…。おっさん、関係者以外立ち入り禁止だぞ、ここは」

 突然現れた日本語ペラペラの外国人に、剣崎は立ち上がってとりあえず注意するが、外国人は突然抱きついてきた。

「ウオッフォーっ!!君が剣崎君かっ!素晴らしい体つきだっ!見ただけで感動だあっ」

 異常なハイテンションぶりに、剣崎は戸惑いっぱなしだ。

「あ、あの…どちら様で」

「そして君が栗栖君かぁっ。普段着で美しく正確無比のクロスを打てるなんて…この脚はまさにゴールデンだ」

 謎の外国人は栗栖とがっかり握手を交わすと左脚をさすりはじめた。はっきり言ってついていけない。

 ついに焦れた剣崎が、その男の右の頬に鉄拳を入れた。男はまるでリアクション芸人のように吹き飛んだ。


「おっさん一体何なんだよ…大声出すわ勝手に練習場入るわ抱き着くわ…変人にもほどがあっぞ」

「ウウウウウ…申し訳ない…下見に来たところに、若き看板選手が居残り練習していたものだから…つい、嬉しくてね」

「…は?下見?お前スパイかなんかか?」

「人聞きの悪い…。来年から率いるチームを一目見ておきたいのは、監督として心躍るものだろう」

 ここで少し間があって、男は慌てて口を塞いだ。

「イ、イカンアカン!私は秘密の存在なのだっ!来年が待ちきれないからと言って、自分が新監督であることをばらしてはいけないっ!」

「…確信犯でしょ」

 ハッキリと聞こえる口調で呟く男に、栗栖は呆れながらつっこんだ。




「改めて。私の名前はヘンドリック・バドマン。30年前は29歳のロシアリーグ得点王、生粋のデンマーク人だ」

「…ちょっと自慢入りましたね。でも日本語上手ですね」

「25年間人生を共にするワイフが大和撫子なのだよ。おかげで通訳を雇う費用を補強に回せるよ」

 苦笑いする栗栖と握手を交わしながら、妻の自慢とジョークをまじえるバドマン。還暦前とは思えないほど実にエネルギッシュな人物である。

 簡単にバドマンの経歴を記すと次の通り。

 FWとして18歳の時に国内リーグでデビューした後、ブンデスリーガ、ロシアリーグ、セリエAを渡り歩き、Jリーグ開幕前夜の日閃自動車(現横浜Fマリナーズ)で現役を退いた。帰国後は育成年代の指導歴を積み、日韓W杯では通訳として母国代表チームに帯同。グルジア代表ヘッドコーチを経て、5年前に元チームメイトの紹介でベルリンFC監督に就任。当初五部のクラブを二部にまで引き上げた辣腕の持ち主である。

「でもさあ、なんでまたそんな海外のえらいさんがうちに来ることになったんだ?」

 経歴を聞いてもっともな疑問を剣崎が投げかける。バドマンはそのいきさつも語った。

「和歌山とデンマークと言うのは、実は非常に縁深いのだよ。キャンプ地となったこともそうだが、その昔紀伊水道沖で沈没した漁船の船員を助けようと海に飛び込んだデンマーク人の貨物船船長がいてね。その勇気ある行動がきっかけで今の私と君達の出会いがあるわけだが…実は去年の時点で、和歌山県のサッカー関係者からデンマークの協会を通じて就任の打診があったのだよ」

 ただドイツは秋春制のために契約が残っていたバドマンはこれを見送り、「ベルリンとの契約が満了次第引き受けよう」と返答。今回の就任と相成ったわけだ。


「…あれ?ベルリンFCってことは…、ヒロやんの監督だったってことか」

「その通り!彼が和歌山に入団できたのは、元はと言えば私との接触からなのだ。彼とはベルリンが五部の頃からの付き合いだよ」

 満面の笑みを見せるバドマン。瞬間、二人は悟る。内村がドイツでプレーを続けられた要因が。



 こうして、公表される前の新監督は、初っ端に強烈なるインパクトを残したのだった。


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