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唐突な人事異動

 長丁場のJ2もいよいよこの第42節のホームゲームで最終戦を迎える。対戦相手は最下位が確定している横須賀FC。互いに順位が確定しているだけに、端から見ればただの消化試合だ。

 だが、会場の桃源郷運動公園陸上競技場は、どこか物々しい雰囲気が漂っていた。それはただ単に今年戦力外通告を受けた選手たちを快く送り出そうと言うものでもなかった。



 ことの起こりは一週間前、前節試合後までに遡る。

 アガーラ和歌山のホームページに、誰もが寝耳に水のリリースがアップされたのである。


「今石監督退任のお知らせ」


 クリックして記事を開いてみると、次の事が簡単に書かれていた。


「トップチームの今石博明監督の今季限りの退任が決まりましたのでお知らせします。なお後任など諸々につきましては近日の記者会見、及び更新時にお知らせします」



 翌日、選手たちには練習開始前に松本コーチから事情について、若干の説明があった。若干というのは松本コーチすら事情をちゃんと把握していないからだ。今石監督と竹下GMから退任の経緯を簡潔に説明されただけなのである。

「一体何考えてんだ?オヤジのやつ」

 ランニング中、剣崎が真っ先に口に出した。

「確かに訳わかんないよな。松本コーチも『夕方の記者会見を待ってくれ、としか言えない』ってなぁ」

 同調したのは竹内。ベテランたちも同じ意見だ。川久保がつぶやく。

「辞めるような成績じゃないし、そもそも『来年昇格するために、今年はチームを鍛える』と公言していたからな。どういうつもりの翻意なんだろ」

 戸惑いの声を漏らす選手が多い中、毒を吐いたのは友成だ。

「自分の力量に限界感じたんじゃない?采配に幅ねえし、基本は『選手ありき』だし」

「なかなか手厳しいねえともちん。まあ、確かに昇格狙える力量はないねえ。やっぱ采配の質は低いわにぃ」

 ケラケラ笑いながら、内村も基本的には同調だ。

「ま、全ては夕方にわかることだ。今はまず練習に集中するぞ」

 チョンの言葉に、全員が呼応した。

 当然、マスコミもこの発表に反応。クラブハウスや練習場には記者が集まり、少しでも情報を得ようと選手に声をかけていた。


「あ、チョン選手。お疲れ様です」

「お。浜田さん、すいませんね。急なニュースに振り回されたでしょう」

 声をかけてきたJペーパーの和歌山番・浜田にチョンが苦笑いを浮かべる。

「練習が始まってすぐぐらいはそうでしたけど、あんまり動揺は見られませんね」

「まあ、慣れてるといえば慣れてますよ。唐突な行動は、今石監督の代名詞ですからね」

「…あの〜、チョンさんはどう感じてるんですか?」

「どう、とは?」

「今石監督の退任について、です。何が原因なのか、一個人として興味があるんです」

 少し踏み込んできた質問。さすがにチョンはしかめっつらをしたが、浜田が一個人と言うときは、記事にしないという合図だ。メモとペンもかばんにしまっている。

 少し考え、チョンは言葉を選びながら語った。

「監督自身、相当葛藤を抱えながらよくやっていたと思います。監督の采配を疑問視する声や、不満を持つ人が少なからずいたのも事実だし、新人監督には心身ともに大変な一年だったと思います。ただ僕のプロ生活で、あれだけ選手に対して真剣な監督はそうはいない。やりたいサッカーを貫けるなんて、なかなか出来ませんからね。それだけに退任は残念だし、次の監督がどうなるのか気になります」

 言い終わると、「これ以上は流石に勘弁で」とウインクしながら練習場を後にした。


 記者会見の時間となった。会場のクラブハウスのミーティング室には、今石監督と竹下GMの姿があり、報道陣の数もそれなりにいた。

「え〜と、まず、唐突な発表となりましたが、まずは私今石博明は今シーズン限りで監督を退任することをご報告します」

 真剣な表情で、それでいて少し抜けたような今石監督のあいさつから始まった会見。今石監督は自身の退任の理由を、采配の技量不足を挙げた。

「チームが強くなっていく過程に対して、自分が監督として成長できなかった。それを痛感したのが…ホームでやった尾道戦ですね。そっからしばらくは『昇格を目指せるチームは出来上がったけど、自分はそれに足るだけの指揮官なのか』と、ずっと考えてました」


「熟慮を重ねた末の結論が自身の退任と至った、そういうことですか」

 浜田記者の質問に対し、今石監督は「つまりはそういうこと」と淡々と返した。

「ちなみに、来シーズンの首脳陣についてはどうお考えなのでしょうか、竹下GM」

 浜田は、今度は竹下GMに矛先を向けた。

「初めて辞意を伺ったのは天翔杯の前日です。伺ったときは非常に驚きました。非常に情熱を、それこそ心血を注いでいらしたので…何度か慰留しましたが、本人の意志が固く了承に至りました。ただし、今石監督のチーム作りへの意欲が萎えた訳ではありません」

「と、言いますと」

「今石監督にら来シーズンからGM職と強化部長職を兼任し、新戦力の獲得や発掘に尽力していただきます」


「え?では、竹下GMは…」

「私は現職を辞して今後は社長業に専念します。クラブの強化がよりスムーズになるように、財政面の改善及び増収に尽力したいと思います」

 集まった記者たちは、一様に面食らった。今石監督の退任すら先日のリリースで知ったのに、まさかGMまで代わるとは思っても見なかったのである。

 と、ここで浜田が気を取り直して聞いた。

「で、では後任についてなんですけど…」

 この質問に対して、今石監督と竹下GMはお互いを見合った後、竹下GMが苦笑いを浮かべながら答えた。

「それが…今日ここに同席していただくはずだったのですが、飛行機に大幅な遅れが出たために今日来日することが出来なくなったのです。ですので、本人の希望もあり、最終戦のセレモニーにて発表する予定です」




 そして、時系列は最終戦の試合前に戻る。分かっていることは外国人、それも飛行機の関係からヨーロッパ人であること。一体どんな人物か、記者もサポーターもあの手この手を使ったのだが分からず、腑に落ちない気分でこの日を迎えたのだった。だから会場の桃源郷運動公園陸上競技場は、物々しい雰囲気となったのである。


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