戦力外通告
このテの小説では、避けて通れないテーマだと思います。
残り2試合。年42試合という長丁場のJ2も11月の2試合を残すのみとなった。昇格戦線も甲府の優勝が決まったぐらいで、自動昇格のもう一枠がまだ空位。プレーオフの座席もハッキリと決まってはいない。
その座席に、アガーラ和歌山はシルバーシートで居眠りする若者のように居座っている。現在4位。J1昇格に必要なライセンスは有してないが、来シーズンのスポンサー問題が絡んでいるために、さっさと6位以内を確定しておきたい。
ただし、この時期は頭が痛くなり、胸が苦しくなる。監督や強化担当にとっては。
「そいじゃあ、週末の栃木戦の遠征メンバー言うぞ。まずスタメンは、友成、川久保、チョン、佐久間、村主、内村、猪口、竹内、栗栖、剣崎、鶴岡。リザーブは瀬川、園川、毛利、小西、桐嶋。以上だ。今年最後のリーグ戦のアウェーだから、きっちり勝ちに行くぞ」
ミーティングルームでいつものように、今石監督がメンバーを発表しゲキを飛ばす。そして、最後に顔を引き締めて言った。
「…今から名前言う奴、この後順繰りに社長室に来いよ」
数人の選手の表情がひきつった。ついに来たかと強張った。
社長室には竹下GMと今石監督、そして向かい合って呼ばれた選手が座っていた。
「…まあ、覚悟はしてましたけどね」
ぼやいた野上は、受け取った契約書をテーブルに置いた。今季の野上の年俸は480万。来季提示年俸の欄には、前年比マイナス480万の0円となっていた。いわゆる0円提示、戦力外通告である。
「初めての通告を和歌山で受けるなんて、思ってもみなかったっすね」
「…野上、これはあくまで『和歌山では』戦力外ってことだ。お前を必要とするクラブは必ずあるはずだ」
「…だと、いいですけどね」
今石監督の言葉に冷めた反応を見せ、野上は退室した。
この日、クラブは全国に先駆けて戦力外通告を実施。野上のほか、平野、堀井、中ノ瀬、根木、藤川、瀬川、寺島、朴の計9選手に来季の非契約を告げた。ホームページにも即日リリースされ、とりわけ寺島や瀬川への通告は反響が大きかった。
通告をされた側で一番ショックを受けていたのは藤川だった。佐久間や内村が欠場した際にはそれなりに働いていただけに、来季もクラブにいられるという自信があったらしい。
ただ、それ以上に複雑な心境なのが、戦力外が決まったメンバーでただ一人ベンチ入りした瀬川であるのは言うまでも無い。移動のバスの中で一人ぼんやりと車窓にもたれながら、ただぼんやりと景色を見ていた。
(…久々のベンチ入りが0円提示の後って…なんだかなあ)
「気持ちの整理、つかないか」
隣に座る川久保が、いたたまれなくなって口を開いた。
「高校、大学、そしてプロ…。かれこれ12年は一緒のチームだったな」
「それが、今回の首切りで分かれることが決まった。妙な気分だよ」
目をあわすことなく会話を交わす2人。特に川久保はなんと声をかけていいかわからない。
「どうするんだ、この後」
「…特に考えてねえよ。どういう気持ちでベンチにいればいいかもわかんねえよ」
「…」
「お前はさ」
「ん?」
「生き残ってんだからよ、なんか考えろよ。働き盛りは切りやすくもあんだよ」
瀬川の言葉が、なんとなく川久保の心にのしかかった。
栃木との試合は、見違えるほど守備が安定した。やはり百戦錬磨の経験豊富なベテランたちである。岐阜や松本を参考に積極的に攻勢にでた栃木だったが、川久保、チョン、村主が冷静に対応。この流れに触発された佐久間もこの試合は攻め上がりを自重。ここ数試合が嘘のような堅牢さを見せ、栃木の攻撃は鳴りを潜めた。
この守備のリズムが攻撃に生きないわけがない。竹内が今季21ゴール目を決めて先制すると、後半早々に剣崎が得点王をほぼ手中にする36ゴール目を決める。
「うおぉっ!!」
さらに川久保が今季2ゴール目をコーナーキックから決めただけでなく、同じく終盤のコーナーキックのこぼれ球を村主が押し込んだ。躍動する若きストライカーたちと、長年和歌山の守備を支えてきたベテランのゴールの共演で栃木を粉砕、彼らの昇格の望みを絶った。
もっと言うと、だれもが必死になって確保を狙っている貴重なJ1昇格のイスの一つを奪い取ること、つまりリーグ戦6位以内を確定させたのだった。
そのため、試合を終えた和歌山の選手たちからは一同に安堵の表情を浮かべていた。今石監督もまた、残されたホームでの最終戦を前に肩の荷が下りたように笑みをこぼしていた。
「これで最終戦を心置きなく戦える。勝ってリーグ戦を締めくくって、残された天翔杯に全力を注ぎ込みたい」
試合後の会見で、今石監督はそう言い切った。
「よう、おつかれさん」
試合後のロッカールームで、瀬川は川久保と村主を労った。
「久々のフル出場、こたえたんじゃねえのか」
「まあ疲れたね。でもやっとこさ今季初ゴールだ。今年は1点も取れないのかとヒヤヒヤしたぜ」
充実の表情を見せる村主。川久保も今日の守備に手応えを感じていた。そんな二人を見て、瀬川はふとつぶやいた。
「…お前らと、もう一回紀三井寺のピッチに立ちたかったな」
この言葉に対し、あえて川久保は強い口調で言った。
「もうお前はサッカーを諦めたのか?悔いがあるんだろ?だったら早く気持ちを切り替えろ!味方として立てなくはなったが、敵チームの選手として立つことは出来るだろ?紀三井寺は来年から使えるんだ。俺も村主もまだまだ辞めない。だからお前も辞めるなよ」
そう言って握り拳を瀬川の胸に押し当てた。村主も続くように言う。
「お前はまだやれる。確かにキーパーは過酷なポジションだ。だがお前は今年はめったに出来ない経験をした。これは必ず生きる。他のクラブのユニフォームを着て、剣崎や竹内のシュートを止めまくって、今石監督を後悔させるぐらいできるだろ」
苦楽を共にした戦友からの激励。瀬川は胸を熱くした。




