来シーズンの下準備
リーグ戦も残り4試合という状況下、アガーラ和歌山は勝ち点63でプレーオフ圏内に居座っていた。
この時期になると、大概のクラブからは、来期の内定選手がリリースされることが多い。和歌山もまた例外ではなかった。
まずはユースからの昇格選手。FW矢神真也、DF三上宗一、MF米良琢磨、GK本田真吾の4人がトップチームへ入団することが決まった。
その一方で、シーズン途中にJFLクラブに移籍した沢松、辺見両選手はそれぞれのクラブへの完全移籍することがきまった。この時点で、来シーズンは4人入って2人去ることが確定した。
ただそれ以上にサポーターは今の選手たちの去就にヤキモキしていた。サポーターの間でこの話題になると開口一番に名前が挙がるのは、最年長FWの寺島だった。
「寺さんどうなるんだろ。今年まだリーグ戦1点じゃきついかな…契約」
「でもさあ、それまでエースだった人を早々に切るか?たぶん大丈夫だろ」
「いやいや、今寺さんいたとこでよ、使い所難しいだろ。剣崎に鶴岡がメインで竹内や西谷も2トップ行けんだぜ。FWはむしろ余ってるだろ。ベンチ入りできてんのも西谷ケガしてからだし」
「ユースから上がってきた矢神もかなりのストライカーだしなぁ。小西をチョイスすることもあるし…」
話題のテーマが戦力外から移籍に切り替わると、竹内や天野の動向が気になってしまう。
「竹内はトップだけじゃなくてサイドも出来るし、キックの精度もぱねえしなぁ。強力なセンターがいるクラブは欲しいだろうなあ。名古屋とか、磐田とか」
「天野も控えにしとくのはもったいない選手だぜ。つーかあいつのほうが安定感あるよ。今石監督の友成びいきに嫌気さしてたら移籍も有り得るだろ」
一方でクラブハウスの首脳陣一同もまた、来シーズンの編成を論議していた。そしてサポーターが心配するようなオファーも来ていた。
が、その中心は竹内でも天野でもなかった。
「J1の浦和や柏、横浜。J2でも甲府や山形から来てますね。桐嶋君に。彼はこのところ一番株が上がってますねえ」
竹下GMのつぶやきに松本コーチが同調する。
「運動量とスピードはサイドバックとしては上々だし、もともとFWだから得点力もある。まずジョーカーとしてなら喉から手が出るほどの逸材ですね」
「Jリーグは全員が汗をかくリーグだからなあ。疲れてる時にあのスピードは嫌だね」
松本、宮脇両コーチはプレーヤーとしても相応の実績を残しているだけにJ1の目安が分かる。だからこそ、このオファーに頷いている。
反面、夏の移籍ウインドー時に揉めた影響もあってか、得点王の剣崎や攻撃の要の竹内にはオファーはなかった。それについてはだれもが安堵する。守護神として君臨する友成もなし。こちらは体格のハンデに加え「言動にやや難あり」と言われていた影響だ。
ただ今石監督は、この会議の席上にいなかった。監督はというと、別室にてある人物と照明を落とした部屋で電話で会談していた。
「チーム状態はいかがかな」
電話の向こうから、謎の人物が今石監督に尋ねる。
「まあ、現状でも十分J1で戦えるし、本当なら今年で上がれてた。よほどのことがない限り、来シーズンの昇格は間違いない。監督次第ですがね」
「それを聞けて安心した。まずは、来シーズンのために、スポンサーから出された課題をクリアしてくれることを祈ろう」
「ああ。万全の状態で託せるように頑張りますよ」
そう言って今石監督は電話を切った。
さてリーグ戦はというと、天翔杯明けのホームでの岐阜戦は苦戦を強いられ。劣悪な芝のコンディションと一週間で3試合という日程の疲労が重なったことに加え、下位チームが編み出した、「同じように前に出て殴り合う」和歌山対策がはまり前半は先制点を献上する。得点ランカーを要する攻撃陣の奮戦で逆転勝ちしたものの、今石監督は苦虫をかみつぶしたコメントを残した。
「次の松本は一番しんどい試合になる」
その言葉通り、ホームでの松本戦は岐阜以上の苦戦を強いられた。今石監督が吐露する和歌山の弱点、それは守備陣の格差だった。川久保、村主、チョン、さらには園川が揃って出場停止になったこの試合はそれが露骨に現れた。
「やばい、フリーだ」
「1対1止めてくれっ天野っ!!」
ゴール裏からのサポーターの叫びも虚しく、松本のエースFW、アジソンに先制点を許す。失点の原因は佐久間のマークの甘さだった。
和歌山のサッカーの基本スタイルは「やられたらやり返す」。そして、やり返せる力を持っており、大概のクラブは打ち合いを避ける対策をとった。だが、尾道が長居で和歌山を下した試合を参考に、同じように打ち合いを挑むチームが出た。それが前回の岐阜であり、今回の松本であった。
「気にすんなっ!取られたら取り返しゃいいだけだっ!」
すぐに剣崎がセットプレーから同点弾を叩き込んだが、松本の選手たちは怯まない。試合前に瓜町監督が語った言葉が、先制点として現実になったからだった。
「アガーラの守備のメンバーは年齢が若くなると雑になる。特にサイドバックの守備は攻めるあまり疎かになる傾向がある。サイドから裏を狙っていけ。FWはバイタルで揺さぶりをかけろ。向こうのセンターバックは、結構ひっかかるぞ」
後半、今石監督は「いつまでおんなじやられ方してんだっ!集中しろやバカヤロー!」と猛ゲキを入れて送り出したが、交代要因に状況を打開できる力量を持つ選手がいないことが響いた。
有効な打開策を打てずに再び崩されて勝ち越しを許す。だが、コーナーキックから鶴岡のヘディングで追いつき、勝ち点1を上積み。順位は3位を維持した。
だが、それで終われば良かったのだが、とんでもない代償を背負うことになった。
試合終了間際の松本のコーナーキックの際にその悲劇が起きた。
クロスボールに反応し、相手FWと競り勝ってボールをキャッチ、そこまでは良かった。が、先に着地したFWがバランスを崩した。そして倒れかかられた際、左膝をありえない方向に押し付けられた。
「ぐああああぁぁぁぁっ!!!!」
絶叫とともに悶絶する天野。もちろん即交代。さらに翌日、最悪の診断結果が下った。
左膝十字靭帯断裂。全治10ヶ月。




