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嫌な意図

 時系列は前日、和歌山市内でのクラブハウスに戻る。

 ミーティング前に、佐久間は今石監督に呼び出されていた。呼ばれて監督からこんな質問を受けた。

「お前が嶋だったらよ、猪口みたいなチビと江川みたいなモヤシ、抑えられたらどっちが腹立つ?」

 何を聞くのかと思えば・・・。佐久間には監督の腹黒さを感じた。

「あんたまさか・・・。そういうプランを考えてんのか」

「ああいうムラのあるうぬぼれ屋は、自分のイメージをつぶすギャップには弱い。それに、そうなっちまうのは最終的に“自己責任”だしな」

 ほくそ笑む指揮官に、佐久間は頭をかいた。ひょっとしたら自分が嶋のように狙われるんじゃないかと。

「つくづくやな性格してんな、あのおっさん」




 そして試合当日。「こいつの方が腹が立つ」という佐久間の進言で起用された江川は、しつこいくらい嶋に張り付いた。

「なんなんだよてめえ。うぜえよ、この」

「すんません。僕の仕事なんで」

 声を荒げる嶋に対して、江川は真顔で淡々と答えた。それが嶋にはイラついた。何度かファールでレフェリーに止められ、自分のほうが注意を受けた。

「なんで俺ばっかりなんだよっ、あのガリガリも注意しろっ!!」

「嶋、文句言うな!あんまりしつこいとカードもらうぞ」

「…チッ」

 抗議を止めながら舌打ちする嶋を、御野は懸命になだめていた。

「トモキ、今のパスはよかったぞっ!その調子でいこう。ディフェンスラインも、まずはシュートコース抑えてください」

 今日、御野の右腕にはキャプテンマークが巻かれている。玄馬、港、荒川とベテラン勢が誰もいない中、尾道の水沢監督はキャプテンに御野を指名した。ユースの一期生でありチームの至宝として信頼厚い御野に、水沢監督は期待をこめて指名した。御野はその期待に応え、チームをまとめようと気を配り、声を張り上げる。


「必死だねえ。あっちの秘蔵っ子は」

 ベンチにもたれ掛かりながら、今石監督はニヤニヤと笑う。その笑いに、松本コーチは呆れる。

「まるで悪の親玉だな…」

「ある程度は予期していたがね。しかし、ちょっとキョロキョロしすぎだ。悪い意味で責任感が働いてんな」

「悪い意味?」

「チョンがあんなにキョロキョロしてるか?キャプテンってのは、ピッチを見渡すのが仕事じゃねえ。…見渡し続けることで、死角は生まれるんだぜ」


 御野は任された大役をこなそうと懸命だった。港ならどうするか、玄馬ならどう指示を出すか、荒川ならどう動くか。頭をめぐらせながら動いていた。だが、周りを気にするあまり自分の視野がかえって狭くなっていることに、御野は気づいていなかった。

(監督の言ってた通りだ。御野さん、周り見すぎて気張りすぎてる。仕掛けるなら…今だな)

 事前のミーティングで、今石監督はキャプテンが御野であることを予期、というか固持して対策を敷いてきた。その指示は「ゴールはどうでもいいから、あちこちから攻めまくれ」というもの。猛攻を受ければ、落ち着かせようと周りに気を配りすぎると踏んでいた。「外れたら、そんときはそんときだ」と笑ったことには唖然としたが、作戦ははまっていた。


 観察していた御野にスキを見出だしたのは、逆サイドの竹内も同様だった。ゴールを指差す竹内と目が合った栗栖は、パスを受けると直ぐさまグラウダーの糸を引いたようなロングパスを出した。このボールに対して、竹内と対面する鈴木が反応する。

「オッケー」

(釣れた!)

 鈴木が自分に向かってきたのを察知すると、竹内は跨ぐようにボールをスルーする。

「え?」

「何っ!」

 鈴木と、鈴木のフォローに入ろうとした深田が、一瞬呆気に取られ動きが止まる。スルーされたボールは佐久間がおさめ、止まっている(ほんの一瞬だが)二人の間を駆け抜けた。

「!…しまった!」

 空いたスペースに走り込んだ佐久間は、ゴール前にクロスを放り込み、それに鶴岡、橋本、松井の3選手が飛び上がる。

「うおっ!」

 懸命に拳を突き上げ、松井がパンチングでクリア。だが、勢いのないボールがこぼれる。鈴木が拾おうとしたが、わずかに剣崎が早く反応。豪快に右足を振りかぶる。そして吠える。

「行くぞオラァッ!!」

「ひぃっ!」

 その迫力、そして散々焼き付いたミドルシュート。瞬間よぎった鈴木は、剣崎に背を向けてしまう。

 今までの剣崎ならそのままシュートを打ち、鈴木の背中にぶち込んでいただろう。だが、今は違った。右足の振りかぶりはフェイントだったのだ。右足を下ろすと、鈴木が作ってしまったゴールまでの花道に向かって、冷静に左足を振り抜いた。


 今石監督は「うしっ!」と拳を握り、水沢監督は顔を下に向けた後に天を仰いだ。


 3千人も入らなかったスタジアムの、片方のゴール裏はフラッグが揺れて歓声が沸き、もう片方のゴール裏はため息と嘆きが漏れた。


 尾道ボールで試合再開。御野は、反撃を前にチームにゲキを飛ばした。

「まだ同点だ。こっからまたじっくり攻めていこう!」

 その言葉通り、前半の残り時間は尾道がペースを握った。そして前半の43分、金田からのキラーパスに反応した御野がドリブルで仕掛け、慌てた朴にペナルティエリアで倒されてPKを獲得した。



「ここは俺に蹴らしてくれねえっすかね」

「は?なんで。尾道のキッカーは俺だろ」

「いや、なんか今日俺嫌がらせばっかされてるんで、一発決めて見返したいんすよ」

「俺だってリーグ戦にむけ、PKの感覚戻したいんだけどな」

 PKのキッカーで嶋と金田がもめる。互いに蹴りたい理由があるだけに譲らない。

「なあ嶋、ここは先輩を立てようぜ。な」

「…しゃあねえなあ」

「そーそー。おとなしく10番の俺に譲っとけ。そんかわり、外したときよろしくな」


 そのやり取りを見ていた友成は、今石監督以上に嫌らしい策を思いつく。


(ヒデさんが言ってたけど、確かにやだね。ガン飛ばしっつうか、オーラがすごいな)

 ゆっくりと助走し、ゴールの左隅を狙った金田。それに対し、友成はどんぴしゃりの反応でボールを弾き出す。

「よし!」

 そのこぼれ球に詰め寄った嶋。だが、至近距離からのシュートを、友成は涼しい顔でがっちりとキャッチした。ゴール裏の和歌山サポーターは再び盛り上がる。

 何事もなかったように立ち上がった友成は、悔しがる嶋とすれ違い様に耳打ちした。


「せっかくお前の方に弾いてやったのに…。…決められないのは、才能の差だな」




 嶋を年上あることをわかった上で、友成はタメ口で囁いた。それは嶋の怒りに簡単に達した。


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