平然
「うちの監督って、すげえのか頭おかしいのかわからんねえ」
センターサークルにセットされたボールを踏みながら、内村は傍らに立つ剣崎につぶやく。
「あんな記事が出た後で俺をFW、小西をセンターバックだぜ?思い切った真似するよな」
「んだよヒロやん、ずいぶんおかしそうじゃねえか。おやじを馬鹿にしてんのか?」
「いやいや、改めてついていきがいがあるって思っただけさ。お前にしろ監督にしろ、ゴーイングというよりノンストップマイウェイなやつは好きだかんね。まあ男が惚れる男って奴さ」
「え?…それって、ホモっ気?」
なかなか見せない剣崎のうろたえに、内村はまた笑った。
「違う違う。ようは尊敬してるってことさ」
そのままキックオフのホイッスルが鳴り響いた。
「鶴岡はベンチか…。状態次第ならスタメンもあったろうが、内村とはこれいかに」
京都の小木監督は顎をさすりながら怪訝な表情を浮かべていた。
「でもそれ以上にわからないのは小西のセンターバックですよ。司令塔を最終ラインに回しますか普通。うちをなめているとしか…」
「まあ、ミスマッチであるならば、すぐにでもわかるだろうさ」
不満をあらわにするコーチをなだめ、小木監督は試合を見守るようにつぶやいた。
アガーラと対戦するチームの関係者は、試合開始早々に大概ぼやく。事前のスカウティングで対策をとってきても、いざ蓋を開けると予想だにしなかった選手が起用されていて、立ち上がりになかなか集中できないのだ。野球と違って一旦試合が始まってしまうと、作戦の変更に対しての意志統一を図るのはまず無理。アガーラが先制点をとるケースが多いのも、こうして浮足立つ相手の隙に付け込めたからである。
だがこうした猫の目作戦は、実際にやるとなるとかなり困難を強いる。サッカーが攻めも守りもチーム全員で流動的に行うスポーツである以上連携が重要で、唐突な布陣変更や人選は自チームの選手も混乱させる。昨年の14連敗の時も、目先の勝ち点を優先するあまり、連携の構築がおざなりなったことが原因の一つでもあった。
「しかし、去年と違うのは、選手たちが今石監督の意図を理解し、布陣やポジションの変更にも対応している。良い関係ができているのだな。何やらゴシップ記事が騒いでるようだが、今石監督が本当に無責任なら、今頃はJFL降格圏だろうよ」
さて試合はというと、一進一退の好ゲームとなった。FWに起用された内村は、どちらかと言えばトップ下に近いポジションをとり、変幻自在に決定的なパスを散らした。
愛媛同様、京都の選手たちは内村の予測不能なパスに混乱し、時折放たれるミドルシュートに肝を冷やした。
それだけならまだよかった。単純に得点ランキングトップの剣崎や、上位の竹内に絶好調の桐嶋と、あらゆる選手が前線に攻め込んで来るアガーラの破壊力は京都のディフェンダーたちを脅かした。
「くらえやあっ!」
前半21分、試合が動く。ゴールライン手前で相手を切り替えしてかわした竹内からのクロスを、剣崎がダイレクトボレーで蹴りこむ。これはクロスバーに弾かれたが、こぼれ球を内村が押し込んだ。
「こぼれ球、ごっつあんな剣崎」
「ちっ!一点損したぜ」
さらに同28分、オーバーラップしてきた桐嶋からのグラウダーのクロスを受けた内村が、ディフェンダーを背負ったまま反転してシュート。これを竹内が飛び込み追加点。
「俺に借りを返すのが先だろ?」と剣崎はごねたが、内村は「側にいないお前が悪いのさ」と笑った。
いきなり2点のビハインドを背負った京都は攻めに転じるしかないのだか、今日のアガーラの最終ラインやダブルボランチはいつになく「敏感」だった。
「ソノ、そのFW押さえてろっ!両サイドは押し込んで攻めさすな。猪口はチョンさんと連携して10番をマークしろ!」
不安視されていた小西のセンターバックだが、効果は絶大だった。フィジカルは幾分劣るものの、司令塔には不可欠な視野の広さを最大限いかして危機を察知。冷静なコーチングで相手よりも一手早く味方を動かした。
「なるほど。これはなかなか様になってるな」
小西の活躍を見て、ベンチの松本コーチは呟いた。
「正直、フィジカルの不利は否めないから心配だったが、こういう一手をよくまあためないなく打てるよな」
「まあ、手応えを感じたのは前回の甲府戦さ。ボランチ組ませたら連携が抜群だったからな。大学の時に2トップだった時期もあったらしいからな」
「にしてもだ。練習で少しやった程度だろ。それに京都は昇格圏のチームだ。普通は思いついても二の足踏むもんだろ」
松本コーチの言葉に、今石監督は少しムッとした。
「…火に油を注ぐな、とでもいいたいか?」
松本コーチはあえて背を向けて呟いた。
「いんや、お前がなんとも思ってないなら、火薬をぶち込んでもいいぜ。選手たちもそれぐらいの腹は出来てるさ」
松本コーチは、暗に記事のことに触れ、今石監督を励ましていた。旧知の間柄からの言葉に、今石監督は口元に笑みを浮かべた。
「まあ、あの記事に書いてあることに間違いはねえ。気にしてねえといったら嘘になるが、気にして監督ができっかよ。俺は俺のサッカーをさせるだけさ」




