今石監督
キーパーである友成が見せた、見事なまでのコロコロPK。それまで懸命に耐えていた愛媛の選手たちのショックは計り知れないものとなった。
その後、内村の言葉に発奮した剣崎が、強引な体勢からのシュートを連発。そのこぼれ球をロスタイム直前に竹内が、試合終了間際に桐嶋が押し込み、終わってみれば3−0の快勝。アガーラは連敗を阻止した。久々の完封勝利に友成は「攻めっ気のない奴らは完封できて当然。PKはいいウサ晴らしになった」と上機嫌だった。
一方、会見場に現れた愛媛のビルリッチ監督は、席につくや今石監督の采配に怒りをあらわにした。
『今日はイマイシに失望した。ダービーマッチという真剣勝負の舞台で、あのような茶番を演じるなど…非常識にも程がある。愛媛と和歌山はライバル関係にあるが、その歴史に泥を塗った試合となってしまった。不愉快極まりない』
と、まくし立てるように今石監督の采配を真っ向から非難した。同情とまではいかないが、記者たちの間にも「キーパーにPKを蹴らせるのはいかがなものか」という意見が大半を締め、今石監督の会見になるとこれに対しての質問が相次いだ。
「今日のPKについて、今石監督の意見を教えて下さい」
真っ先にこの質問をしたのは、Jリーグ専門誌「Jペーパー」の和歌山番の浜田だった。彼女の質問に合わせ、記者の視線は一同に今石監督に集まった。
「さて、どうしたもんかね…」
今石監督は頭をかきながら、苦笑いを浮かべて語り始めた。
「まあ…友成がひまそうだったんでね。ちょっと活躍の場面が欲しかったから…てのは冗談。早い話が来週の天翔杯を見据えての選択だよ」
「天翔杯?それと何の関係が…」
「トーナメント戦の天翔杯は、相手がどこであれPK戦の可能性もある。それに備えてキーパーにPKに慣れてもらう意味で今日蹴らせたのさ」
「でも、PK戦でキーパーが蹴る機会ってなかなかないんじゃ…」
「セオリーに合わせてキーパーを11人目に蹴らせるならな。ただ俺はキーパーを真っ先に蹴らせるつもりだ」
今石監督の意図に、誰もが驚いた。どよめく記者たちを尻目に今石監督は続ける。
「うちの友成はキーパーをやらせとくにはもったいないくらい足も使える選手。ただでさえPK戦に強いキーパーにキッカーとしてPKを決められてみ。相手のキーパーにかかるプレッシャーはハンパないだろ。運も左右するもんだから、うちが優位になるためなら何でもするってだけの話」
言い終わると、今石監督は最後にビルリッチ監督の発言にもコメントした。
「こっちこそガッカリした。チーム状態が悪くなかでのアウェーだからって、ダービーでがちがちに守って勝ち点1を持ち帰ろうっていう魂胆が、あちらさんがいう茶番だろ」
一週間後、9月9日の天翔杯2回戦においても、今石は物議を醸す采配を取る。
この日の対戦相手は、島根県代表の社会人チーム、出雲蹴球倶楽部。中国リーグの二部に属し、今大会で初出場のアマチュアクラブである。一回戦では青森県代表の八戸FCに勝利している。
ディビジョンで言えば三部下の格下相手に、今石監督は一部変更はあったものの、リーグ戦と変わらぬベストメンバーで臨んだ。
キーパー友成、最終ラインは内村が久々に右サイドに入って、川久保、チョン、村主というベテランで構成。ボランチは猪口と江川の潰し屋コンビを起用し、小西をトップ下に採用。さらに竹内、剣崎、桐嶋の三人を並べ、今石政権初の3トップを使ってきた。
そして、選手たちもまた容赦なかった。特に、猪口と江川は相手のボールの出し所に対して、リーグ戦並にガツガツとあたり、ディフェンス陣も容赦無く身体を入れ、友成も果敢に前に出た。
攻撃もまた凄まじかった。小西は難無く相手のマークをかわして面白いように前線にボールを出し、前線の三人はオフサイドを気にせず再三再四裏を取りにかかった。 いくら年下の選手たちとは言え、1年目からプロとして場数を踏んでいるアガーラの選手たちに一社会人チームが叶うはずもなく、プロ入り後初のFW起用に奮起した桐嶋と得点力が復調気配の竹内に、前半だけで2点ずつ取られた。
後半からは小西と竹内に代えて栗栖と野上を投入。開始早々に栗栖のスルーパスに反応した剣崎が一撃を叩きこみ、数分後には同じく栗栖から今度は桐嶋がパスを受けハットトリックを達成。栗栖は終盤にも剣崎と代わった寺島のゴールを演出。実に31本のシュートを浴びせ、守ってはミドル2本に抑え、7−0で圧勝した。
「今日は桐嶋選手のハットトリックや、栗栖選手の3アシストなど、攻撃面に関してずいぶん収穫がありましたが」
試合後の記者会見で浜田からの質問に、今石監督は頬を緩ませた。
「(桐嶋)和也は普段サイドバックとかハーフとか、ゴールから遠いところでのプレーが多いけど『俺だってFWなんだっ』っていう意地を見せてくれた。栗栖もコンディションを戻していることをアピールしていたし、リーグ戦にある程度繋がる成果はあったと思うよ」
ただ、別の記者からの質問には眉をひそめた。
「今日はレギュラーメンバーを多く起用しましたが、プレーオフの可能性もまだ残っているなか、ターンオーバーを敷いても良かったのでは」
「…天翔杯は一発勝負のトーナメント戦なんだから、勝てるメンバーで行くのがベストだと思ってる。相手がどのカテゴリーであろうが、勝つ上で最善の策を練るべきだと思ってる。だから今日はこうしたまでよ。次のあるリーグ戦と違って、勝たなきゃ次がないトーナメントは、どんなかたちでも勝ちゃいいんだよ」
今石監督は苛立っていた。自分に対して批判や懐疑があることは今に始まったことではないが、あのPK以後関係者からの風当たりはあまりよくない。
そして限界も感じ始めていた。
自分自身の監督としてのポテンシャルに。
「このチーム…俺で昇格できんのか?」
バスの中でふとつぶやいた。




