まさかのPK
内村に励まされ、すっかり意気揚々の剣崎に対して、竹内はロッカールームに引き上げるまで難しい顔をしてうなだれていた。
「どうしたのよ俊ちゃん。尾道戦といい今日といい全然キレがないねえ。これじゃあ使われていない他の選手に申し訳ないと思わない?」
内村の言葉に、竹内は黙り込んだ。なんで一番言われたくないことをためらいなく言えるんだろう。一瞬恨めしさが顔を出した。対して内村はそんな竹内の表情を見て鼻で笑った。
「あら、申し訳ないって思ってんだ。…それじゃダメなんだよ。責任を感じてちゃスランプというトンネルから出れなくなるよ」
「え?」
今度はキョトンとする竹内に、内村はニヤニヤとしながら竹内の肩を叩いた。
「剣崎みたいにとは言わないけどよ。お前はもっとバカになるべきだ。第一よ、お前はあいつと違って選択肢がいろいろあるわけだろ。ドリブル、ミドル、クロス、パスとさ。まあ逆にいろいろ出来るから悩んでんだろうけどな」
「確かに。最近、僕は何を求められてるのかわからなくなるときがあります。ゴールを狙うべきか、クロスやパスを出すべきか」
「その根源にあるのは、『どうすればチームに貢献できるか』ってこったな。その考えを一回きれいさっぱり捨ててさ、『俺の一番の武器はこれだ』って考えて自分の持ち味を出すことに徹してみな。それだけで変わるぜ」
内村が二人のFWにアドバイスを終えた頃、今石監督がロッカールームに入ってきた。
「さてと。前半わかったように、向こうはまったくと言っていい程攻めっ気がない。まあ後半もサンドバックのまま耐えきってくるだろうな」
全員の視線が自分に向けられていることを確認した今石監督は、一つため息をはいて後半の指示を出した。
「今日の試合はお前ら11人で戦い切るつもりで行け。ダービーで殻にこもってよしなんて戦い方を許すんじゃねえぞ。この後半、必ずPKをとってこい。こいつに蹴らせて、あいつらをブーイングまみれにしてやるんだ」
不敵に笑った今石監督が指名したキッカーに、選手たちは呆気に取られるのだった。
互いに選手交代がなく始まった後半、立ち上がりから竹内が積極的に、そして愚直なまでにドリブル突破を仕掛けた。内村ら後方の選手からパスを受けると、あえて人の集まっている箇所に突っ込み、強引かつ華麗に突破してみせる。愛媛のDFたちは確実にその脅威に押されはじめていた。
「こ、こいつ、こんなに突っ込んでくる奴だっけ」
「落ち着け!スペースを作るな、バイタルエリアはしっかりカバーしろっ!」
竹内のプレーの変わりようにうろたえるDF達を、愛媛の守護神・秋本は懸命のコーチングで落ち着かせる。この試合、5バックという形をとっていた愛媛だが、うちセンターバックの一人の山城が剣崎のマークについていたので実際は4バックとなっており、竹内にとってさほど窮屈には感じなかった。
「そうそう。お前さんはそうやって敵陣をズタズタに切り裂くドリブル持ってんだ。さーて、そろそろ監督のご要望に答えようかねえ」
竹内の動きを見て、内村は鋭いキラーパスを放つ。
(きたっ!ナイスパス、宏さん!)
内村のパスに反応した竹内は、紙一重のタイミングで愛媛の最終ラインの裏を取り、秋本と一対一の状況を作り出した。
(よしっ!やってやる!)
冷静にコースを見定め、シュートの体勢に入った時、背後から軸足を思い切り蹴っ飛ばされた。
「うわぁっ!」
背中からモロに倒れ込む竹内は、呼吸が止まり悶絶する。その付近でレフェリーが笛を吹きながら駆け寄り、愛媛のDFにレッドカードを掲げた。倒された場所は、今石監督が望んでいたペナルティーエリア内だった。
あれだけのラフプレーであれば、カードが出ても仕方がない。今は秋本にこのPKを止めてもらうしかない。愛媛サポーターたちはそう腹をくくった。しかし、思いもよらぬ光景を見せられるのだった。
「お、おい見ろよ。和歌山のPKのキッカー」
「え?!おい、嘘だろ」
「友成が蹴るってのかよ」
「な、なめやがって…ふざけんな今石っ!」
「真面目にやれっ!遊びじゃねえんだぞっ!」
たちまち、アウェー側のゴール裏からブーイングが起きた。一方、アガーラのサポーターも動揺していた。
「キッカー友成って…何考えてんですかね、今石監督」
「ちょっとふざけすぎじゃない?キーパーにPK蹴らせるなんて」
サポーターグループのメンバーが口々に不安を漏らす。リーダーのケンジもこればかりは首を傾げるしかない。
「まあ…あの監督は結構非常識なとこあるからな…。しかし、ダービーでまさかこんなことするとはな」
と、頭を抱えるだけだった。
「ちくしょう…なんでてめえが蹴んだよ。PKとったの俊也だぜ」
ピッチでは、剣崎がむくれながらぼやく。
「それに今なら俺が蹴るべきじゃねえか普通?俺の連続ゴールが途切れちまうぜ」
「バーカ。少なくともお前よりは自信あるぜ」
明らかに見下して言い放つ友成。ただ、的を得ているのか、剣崎は歯を食いしばるだけだ。
「確かにな。悪いけどおめえか友成かだったら友成のほうが安心できるわ」
「な、カズ。そりゃねぇだろっ!」
桐嶋から思いもよらぬ言葉が出て、これには流石に反論する剣崎。
「ちっ!でも外しても安心しなっ!この俺がしっかり押し込んでやるかんな」
気を取り直して話す剣崎だったが、友成は鼻で笑ってボールをセットした。
「そいつは無駄だ。俺が外すなんて有り得ないからな」
対峙する秋本はどうも集中できなかった。キーパー対キーパーのPK対決。プロ野球に置き換えれば、目の前のバッターが野手より打力の落ちるピッチャーであるようなもの。観戦する側からすれば「抑えて当然」のシチュエーションである。だが、時として完璧なまでのヒットを打たれることもあるように、キーパーにとってはある意味普通のフィールドプレーヤーが蹴ってくる以上にプレッシャーがかかる。ましてやダービーマッチであり、コケにされた味方サポーターは敵の采配に怒り心頭である。失点すれば何を言われるか分かったものではないし、決勝点になろうものなら戦犯扱いで信頼を失いスタメン落ちの可能性も無きにしもあらず。
秋本には並々ならぬプレッシャーがかかっていた。ただでさえ「無失点に抑えないといけない」と気張っていたのだ。身体が金縛りになっても不思議ではない。
(ど、どっちだ。どっちに蹴ってくる。右か?左か?)
一方の友成は余裕しゃくしゃく。キーパーの考えていることが、手にとるように分かった。
(どうせならどん底に落としてやるか)
友成は自分の黒い部分を出して助走をとった。
これに秋本は慌てた。もはや冷静ではなかった。
(く、くそっ右だ!)
そう腹を括って横に飛んだ秋本の反対側を、ボールは力無くマウスの中に転がって行った。




