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認められた証

「さ~てどうしたもんかね」

 今石監督はクラブハウスの監督室で頭を抱えていた。

 悩んでいたのは次の試合、愛媛戦のオーダーである。

 ディフェンダーに故障者が相次ぐ中、尾道戦において西谷が骨折。今季二度目の長期離脱でシーズン中の復帰が絶望(全治2ヶ月)となった。それだけならまだいいのだが、つい先日には大森がふくらはぎの肉離れで、鶴岡が右足首の捻挫でそれぞれ離脱し、栗栖もここ最近はコンディションが上がらず、ここへきて駒不足が深刻になってきたのだ。

「万全なのは友成と剣崎ぐらいですね。この二人を生んだ親はすごいですね」

 村尾高志フィジカルコーチが、選手のコンディションを記したファイルを手に今石監督につぶやく。

「この二人に関しては若いからってわけじゃなく、一種の才能ですよね。普通プロならこの時期にどこかしら痛めたり、疲れが抜けなくてコンディションに苦労するもんですけど」

「選手全員がこいつらみたいに万全なら、フィジコの仕事は楽だな」

「・・・本当にそうならむしろ困ります。管理いりませんから失業しますよ」

「ちげねえな」

 そう。村尾コーチがいうように、この時期にレギュラークラスで無傷なんて選手はいないのが普通である。猪口や竹内にも少なからずがたが見られ、鉄人と称されるチョンもこの時期は体のケアに神経を使う。 尾道戦からの大幅なメンバー変更が必要となったのである。



 さて当日。前節に続いて長居スタジアムでの愛媛戦。和歌山3大ダービーのひとつ、「みかんダービー」である。

 アガーラのスタメンは、キーパー友成、最終ラインは右から佐久間、猪口、川久保、村主。中盤はチョンと内村のダブルボランチ。竹内が右、桐嶋が左。2トップは剣崎と小西が組んだ。

 この試合、選手層が苦しいとはいえ、アガーラからすればここ6試合と比べれば温い相手だった。愛媛は現在12戦勝利なしと苦戦が続く上に主力に負傷者が相次いでおり、力量差は明らかだった。

 ただだからこそ、愛媛のビルリッチ監督も、この試合は勝利を捨て「勝ち点1を死守する戦い方」を選択した。


「5バックのトリプルボランチか。徹底してバイタルエリア固めてきたか。しかも1トップの赤田とトップ下の青木も得点力より守備力に評判のあるタイプ。がっちがちだな」

「まあ、今の愛媛なら妥当だろうよ。なにせ総得点がリーグ最下位。打ち合うハメになったらまず勝ち目がなくなるからな」

 今石監督のつぶやきに、松本コーチは愛媛をそう分析した。

「ま、なんとでもなるだろうよ。固めりゃ固めるほど、内村がずたずたにするだろうからよ」


 今石監督の言葉通りだった。この試合、ボランチに起用された内村は、やりたい放題にパスを散らした。

「ククク。その高さ、お前なら届くだろ」

 中盤から、剣崎の打点に寸分狂いなくロングボールを放り込んだかと思えば、

「そこ走っといて〜」

 裏へ抜け出した竹内の足元にきれいにおさまるキラーパスを出す。

「野郎っ」

「させっかよ」

と、愛媛の選手たちがチャージを仕掛けて来れば、

「あらイヤン」

と、おどけながら桐嶋にノールックパスをしてみたりした。

 惜しむらくは、いずれもゴールとならなかったことだ。



「くそ〜…」

「な、なんだよ」

「…さっきからベッタリと張り付きやがって…」

「ふ、ふざけんなよ一年坊主。俺は仕事でやってんだからな」

 剣崎はマンマークについている愛媛のDF山城を睨みつけた。今日、剣崎は徹底して彼に密着されている。おかげで満足な体勢でボールを受けられないし、威力のあるシュートを打てずにいた。

 一方、もう一人の得点源とも言える竹内は、ここ最近のスランプ状態から抜けれないでいた。

 奈良戦では初サイドバックで2アシストと結果を残し、山形戦では決勝ゴールを決めた。しかし、ここ最近はどこか迷うようなプレーも散見し、ドリブルにしろシュートにしろもう一つ迫力に欠けていた。

 結局アガーラの前半は前線の選手が精彩を欠き、シュートを11本も打ちながらスコアレスに終わった。引き上げる選手たちには、珍しくブーイングがぶつけられたのだった。



「どしたの剣ちゃん。随分とむくれてんじゃないの」

 ロッカールームへ向かう途中、内村は剣崎の肩を叩いた。

「すねたくもならあ。あんなガチガチにつかれたらやってらんねえぜ」

 ぼやく剣崎に対して内村は吹き出してから呟いた。

「喜ばしいことじゃんか。たった半年でマークが必要な要注意人物になれたんだからよお」

 その言葉に、剣崎は目を見開いた。内村は反応楽しみながら続ける。

「相手の監督が選手に対してマンマークをつけるのは、そいつのことを恐れているからさ。6連続で8ゴール、おまけにトータル20オーバー。誰が監督でも危険視するさ。お前は今、認められてるのさ」

「…認め、られてる。か…」

「窮屈にさせられることを不満げに思うな。むしろ喜べ。そんで、この状況下でさらに結果出しゃ、また一皮むけるぜ」

 いつの間にか、剣崎の顔は紅潮し、いつものようなハイテンションになった。

「うおっしゃあっ!そいじゃ、前半のウサ晴らしに後半はハットトリックと行くかあっ」

「…っせえんだよ。吠えるだけじゃ野良犬と一緒だぞ」

 気合いを入れる剣崎に、友成が冷めたツッコミを入れる。

「はっ!まあ見てろって。後半はまた一味違う俺を見せてやるからよ」

 すっかりその気の剣崎に、友成は呆れ返っていた。

「たかが一言でああも変わるもんかね。いくらゴールを決めても、バカであることに変わりねえな」

「いーのいーの。ストライカーってのは、バカなぐらいがちょうどいいのよ。なあ俊ちゃん」

 内村は、話を悩めるFWに振った。

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