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出来て当然

 試合は後半20分を過ぎ、次第にアガーラが盛り返し始める。最たる要因はサイドバックでプレーする新戦力の二人だ。佐久間は、対面する石川を封じつつ時折効果的な攻め上がりを見せ、毛利も樋村のプレーに制限を加えて相手のリズムを崩した。二人とも、本来のポテンシャルを馴れないポジションで惜しみなく披露し、ヴィクトリー陣営を驚かせていた。

『ふむ…。私は日本のプロサッカーに身を投じて日は浅いが、サクマとモウリがトップクラスの選手であることはわかる。少なくとも、この2部ではな』

『確かに…。あの二人がプレーしているサイドからは、もうほとんど攻撃できていませんから…』

『一体、彼らはなぜ他のクラブからもオファーがなかったのだろうか…不思議でならんな』


 ただいくら敵将が感心しているといっても、アガーラがビハインドであることに変わりはなかった。今石監督は最後の交代で布陣も変更する。最終ラインを統率していたチョンに代えて小西を投入。ディフェンスを一枚削って小西をトップ下に回す3−5−2に切り替えた。

「さあて。もうこっからは殴り合いだ。ガンガン攻めていけぇっ」

 この号令に一番発奮したのは、交代で入った小西だった。今石監督のサッカーではトップ下というポジションを用いることはあまりなく、なかなか本職でプレーできない「汗っかきの司令塔」は、ここぞとばかりに張り切った。

 そして、この布陣変更は吉と出る。御船の対応で手一杯だった内村に代わるゲームメイカーとして機能し、剣崎ら前線のストライカーたちがゴールに次々と襲い掛かった。先程まで友成が凌いでいたような猛攻を、今度はヴィクトリーのキーパー市原が受ける立場となった。だが、アガーラの攻撃はヴィクトリー以上に強力だった。空中戦になれば跳躍力のある剣崎、日本人離れの長身を持つ鶴岡に競り負け、地上戦では小西のキラーパスや竹内、西谷のドリブルで守備陣を切り刻む。

「くそっ!ここを耐え抜けっ!勝つのは俺達だぞっ!」

 市原が懸命に味方を鼓舞し、またサンドロ、福澤ら守備陣も体を張る。さらにクレイチコフ監督は、ついに御船を諦めて長身DFの吉本を投入。福澤を含めて最終ラインを5バック気味に変更して逃げ切りを計った。


 だが、これは火に油だった。御船を下げることで内村が自由を得てアガーラの攻撃の起点が増えた。結果、ヴィクトリー守備陣はついに耐え切れなくなった。


「ほんじゃ、まずは風穴を開けるかねえっ!」

 内村が前線にロングボールを送り、それを剣崎がヘディングで競り勝って折り返す。これに鶴岡と市原がほぼ同時に反応し、市原が辛うじてパンチングで弾く。このこぼれ球に小西が反応してミドルシュートを打ち込む。これは福澤が体を張ったが、弾いたボールを最終ラインから長躯疾走してきた毛利が押し込み、プロ入り後初めてネットを揺らした。


 この時点でもはや勝負は決したと言ってもよかった。クレイチコフ監督は石川に代えて窪山を投入したが、一度守勢に回ってしまうと再び攻撃には転じれないのがサッカーである。最後はセンターサークル付近での小西とのワンツーから、ドリブルで一気に独走した佐久間が移籍後初ゴールを決めた。



「よっ。お疲れさん、今日のマン・オブ・ザ・マッチ」

 試合終了後の整列で、内村は佐久間に声をかけた。

「どうだい、うちのチームは」

「…はじめよ。移籍が決まったときは尾道や徳島のときと同じこと思った。『飛ばされた』ってな」

「あらそうかい。で?ここは住めば都だったってか」

 悪態をつく内村に、佐久間はニヤリと笑った。

「都どころか、考えようによっちゃあ横浜よりも極楽さ。なんかおもしれえ奴らが多いしな」





「いやあ新入りたちがよくやってくれた。小西も久々の試合だったけど、反撃ムードをハッキリと形にしてくれた。まあ、ポテンシャルを考えりゃこれぐらい出来て当然だって、もっと相手に思い知らせて欲しいっすわ」

 先に始まったアウェー側の監督会見で、今石監督は饒舌に語った。

「まあ、これで後半戦も五分の星になったことだし、選手たちにはまだまだ順位を上げることに貪欲になって欲しいっすな」




 一方、後半戦初黒星となったホームのクレイチコフ監督は、開口一番に敗北を認めた。

『今日の我々は事前のスカウティングから敗れていたといっていい。特に先発のサクマと交代で入ったモウリの二人について、あまりにも知らなさすぎた。敵を知らずして勝てる戦いはないのだ。これは私の油断故の敗北だった』

 さらにクレイチコフ監督は、

『少なくとも今のアガーラは、対戦する側も攻めっ気を保たなければ勝てない。リーグ戦はあと三分の一もないが、アガーラは我々昇格候補を叩き潰し続けるだろう』

と、言い切った。




 その言葉が言い過ぎではないことが、翌週に立証された。


「くっ…まさかここまでやられるとは」

 湘南のチェン監督は、スコアを表示する電光掲示板を忌ま忌ましく見ながらぼやいた。

 この試合、アガーラは前節からスタメンをガラリと入れ替えた。キーパーは天野、最終ラインは右から藤川、川久保、園川、村主。チョンと内村のダブルボランチに佐久間と毛利がサイドハーフに入り、小西と寺島の2トップという、高温多湿の夏場には珍しい平均年齢の高いメンバーで挑んだ。

 チェン監督はじめ湘南の選手、サポーターにとって屈辱的だったのは、剣崎、竹内、西谷がベンチスタート。友成、猪口、鶴岡らに至ってはベンチ外(他のベンチ入りはGK瀬川とDFパクの計5人)。将棋で言えば飛車角落ちのようなもので、スタメン発表時には大ブーイングが起き、選手たちも鬼気迫る表情でプレーした。にも関わらず、スコアは残り10分で3−1とリードされていた。オウンゴールで先制したものの、前半終了間際に寺島にPKを決められ、後半開始早々にコーナーキックから園川のゴールで勝ち越し。さらに小西にフリーキックを直接ゴールに入れられた。ボール保持率をはじめ試合自体はは押し気味に進めているのに、肝心のゴールがなかなか生まれず、逆にセットプレーをことごとく決められている。負けている気がしないのに、実際に負けていることが余計にフラストレーションを溜めた。もっと言えば、ここまで自分でゴールネットを揺らせていない。

「しかし…今の和歌山がこれほどとはな。ここにきて状態が上がってきてやがる」

 ベンチにどっかりと腰を下ろすと、チェン監督はため息まじりに呟いた。そうこうしているうちに、湘南は試合終了間際に途中出場のパクのロングフィードに反応した、同じく途中出場の剣崎に5戦連続となるゴールを決められ4−1で敗れた。湘南の選手たちががっくりと頭を垂れ、サポーターからは今季一番の大ブーイングが起きた。



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