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素人感覚

「出した後に言うのもなんだが…ここで毛利を使うか」

「何だ?なんか問題あんのか」

 どこか煮え切らない松本コーチに、今石監督は不満げに問い返す。

 さすがに言い過ぎたかと松本コーチは苦笑しながら「いや、林GMの慧眼やお前の思い切った起用はすげえなと思ってよ」と言った。

 確かにユース年代から実績のある佐久間と違い、毛利はトレセンに何度か呼ばれた経験こそあれどこれといった実績はなく、獲得したときは多くの関係者から「戦力になるのか?」「よほどの物好き」と、ろくな言われ方をしなかった。

 ただ、林GMが推薦し今石監督が獲得にGOサインを出したのは、二人の中に毛利に対して「奇妙な違和感」を感じていたからだ。

 林GMがある年のトレセンの視察で紅白戦を見たときのこと。目当ての選手をはじめ、多くの選手が得点や好プレー、凡ミスでなにかしら目立つ中で、毛利は全く目立っていなかった。結局この時は獲得に動かなかったが、急造チームで全く目立たなかったことが逆に強く印象に残っていた。

 その毛利が再び林GMに見られたのは、移籍ウインドーが開く直前の7月はじめ。セレーノとアガーラが練習試合をしたときだ。


 この試合で味方の負傷でボランチに入った毛利は、試合中に選手が代わる度にサイドバック、トップ下、1トップとたらい回しにされながら、いずれもそつなくこなしきった。それだけだったが、今石監督もまた林GMと同じことを感じた。

 今石監督が気に入ったのは、汎用性だけでなくチェイシングの早さと上手さだった。終盤で投入した際、高い位置でショートカウンターを仕掛けられると判断した。期限付き移籍ではあったが、セレーノ側は二つ返事で承諾した。

「まあ、GMの慧眼つうか、『素人感覚』がうちの補強の軸だからな。そんで、素人のすごいと感じる要素に、俺達プロが是非を下していく。うちみたいに金がないクラブには、こういう補強が一番なのかもな」




 さて、ピッチに視点を置くと、左サイドバックに入った毛利は目立っていなかった。期待通りいい意味で。桐嶋の時には、小宮と樋村のホットラインが面白いように機能したエリアだが、毛利が入ってからは、樋村のドリブル突破はなくなった。

 御船だけでなく樋村も自由を奪われ、攻撃の勢いがやや停滞する様に、クレイチコフ監督は平静を装いながら苛立たずにいられなかった。

『まさか…これほど奴らの思い通りになるとはな…』

 目に怒りの炎をたぎらせながら、クレイチコフ監督はゆっくりと立ち上がった。


『ムトウをここに呼べっ!ピッチの彼らに言いたいことがある』



 1点リードのまま試合は膠着した試合に喝を入れるべく、クレイチコフ監督は交代カードを切る。生駒に代わってピッチに入った武藤は、御船と樋村を呼び寄せクレイチコフ監督からの伝言を一言一句そのまま伝えた。

「お前たちは同じことしか出来ないロボットか。意固地になりつづけるのなら、いつでも0円の契約書を用意しよう。打開したいのなら、自分の才能の範ちゅうで変化をつけろ、だとさ」

 二人はクレイチコフ監督の怒りを感じると同時に、同じ方法ばかりにこだわっていた自身を恥じた。

(そうだ。監督は「勝つために必要なのは…)

(ルールの中で変化をつけられる発想と柔軟性」て言ってたな。…できる中での工夫、か)



 クレイチコフ監督の喝が効いたか、ヴィクトリー攻撃陣は攻撃にバリエーションをつけはじめる。それまでセカンドボールを内村より先に拾おうと躍起になっていた御船は、ダイレクトでショートパスを繋いだり、前線へ蹴り上げたりとキックを混ぜるようになり、樋村はドリブルに固持せず、ボールキープやバックパスで保持率を高めるプレーを増やした。

 ヴィクトリーの攻撃が息を吹き返したことで、アガーラは再び防戦一方となる。ただ最後の最後に守護神の友成が立ちはだかり、再三再四、再五再六の好セーブで流れを渡さなかった。


「くそが…」

 友成の見事な守護神ぶりに、小宮は歯ぎしりした。180も身長がない小柄なキーパーに、至近距離やミドルはもちろん、ヘディングすら止められているのである。

「ちっ。あの9番といい、てめぇといい、和歌山の選手ってのはどうしてこんな訳のわからんやつらが多いんだ?そんな力があるなら、なんでそんな貧乏クラブにいんだよ」

 シュートを止められた小宮は、友成にぼやいた。

「まあ、俺の場合はちびだからな」

「はあ?」

「キーパーである以上、どんなにポテンシャルがあっても、小さいだけで見送られっからな。うちは金がないから、こういう欠点に目をつむるのさ。たとえ致命的でもな」

 言い終わると、友成はゴールキックでボールを蹴り飛ばした。

「まあ、おまえさんみたいなエリートは竹内ぐらいしかいねえけど、やってて飽きねえ連中ばかりだ。だからこんな無茶苦茶なサッカーでもやり甲斐あんのさ」

 表情にはださないが、友成の言葉には満足感があった。小宮はふと聞いてみた。

「仮に俺がてめぇらとチームメートになったら…やり甲斐あるか?」

「あると思うぜ。お前がどう感じるかは知らねえけど」



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