背番号9の影響
点取り合戦は絶対に負けない。
プロでも背番号9を付けたときから、剣崎の根幹にはその信念があった。だからこそシュートを打ちまくり、今は得点王争いのトップにいる。
だが、いつかふと悟った。
自分が点を取りまくれているのは、誰も俺を知らず、信じていないからだ。
だから宮脇コーチからの試練は、ある意味渡りに船だった。
そして同時に、感じたことのない恐怖感にとらわれた。
この課題をクリア出来なかったとき、自分のサッカー人生は終わってしまう。来年も同じように点が取れるとは限らない。半減するかもしれないし、下手したら一桁、いやゼロかもしれない。他人にすれば大袈裟かもしれないが、技術の大半が素人同然の剣崎にとっては死活問題だった。
俺はサッカー選手として、アガーラの選手として死にたい。ユースの時からそう腹を決めていた。今、その思いが試されている。
試合が始まってから、剣崎はいかに点をとるかということに集中していた。
だが、本人の意気込みとは裏腹に、なかなかボールが入ってこない。ボールを運んでくる西谷や竹内も寸でのところで止められる。
「くっそー、どうも打つ手に欠けんな。下がってもらいに行くか…いや、それじゃあゴールから遠ざかることになるから、決まる確率は下がるし、俺はチェイシングも上手くねえ。味方信じてここでボールを待つか」
そう考えを絞ってプレーを続けて前半40分ごろ、佐久間からのクロスが飛んできた。今までの自分なら、それを強引に叩き込みに行った。周りにフリーの味方がいても、そのボールが自分の射程圏ぎりぎりであっても。
だが、直感的に剣崎はこのボールをスルー。この判断が吉と出る。鶴岡がヘディングで打ちごろの位置に折り返して来たのだ。
(絶対に、決めるっ!)
相手DFが体を寄せきるより一拍早く、剣崎は左足を振り抜いた。
「でぇいっ!!」
至近距離からの強烈な一撃は、ネットを突き破らんばかりの威力があった。
それがこの試合の剣崎の、そしてアガーラようやくのファーストシュートだった。
「よっしゃあぁっ!!」
見事なまでのボレーを叩き込み、剣崎は渾身のガッツポーズで喜んだ。そこにチームメートが次々と飛びつき、のしかかってくる。
「うわあぁっ剣崎っ!」
「よくやったぞてめえっ!」
「ぐぇふっ」
のしかかられてさすがに苦しいが、一番下は得点者の特権だと割り切り、剣崎は喜びにひたった。
試合はこの後互いに2本ずつシュートを放ったまま1−1で前半を終えた。
同じスコアだったが、持ち味を潰された上に追いつかれたヴィクトリーと、カウンターのワンチャンスをものにして追いついたアガーラ。
ロッカールームに引き上げる選手の表情は対照的だった。
ロッカールームまでの通路を歩くクレイチコフ監督は、おもむろに口を開いた。
『我々はスカウティングを誤ったのかも知れんな』
『それはどういう意味です?監督』
隣を歩く通訳は、戸惑うように聞く。
『向こうが選手個々の能力ありきの戦術であることは確かだろうが、その個々の力量を計り違えていた。ウチムラとケンザキについては特にな』
『え、しかし。試合前にはケンザキは要注意として、選手たちに伝えていたのでは』
『それはあくまでも、Jリーグのレベルとしてだ。だが、ことあの二人については、プレミアリーグレベルの選手として警戒せねばなるまい』
世界最高峰と謳われるプレミアリーグでも監督経験を持つ老将の言葉は重かった。しかし、老将は笑みを浮かべて続ける。
『オーナーには感謝せねばなるまい。極東の二部リーグでありながら素晴らしい選手を揃え、怪物を相手にできる環境を与えてくれたことにな』
言い終わると同時に開いたロッカールームの中では、選手たちが鬼気迫る表情で意見をぶつけていた。
「内村をなんとかしないとまずいぞ。あいつに攻撃パターンを読まれてるし、動きを変えていかないと」
「もっとサイドを有効に使って行こうぜ。こっちだってニコルスキーがいるんだから、空中戦を増やせば」
パンパン
老将の手拍子に、全員が同じ方向を見た。
クレイチコフ監督は一つため息をはいて口を開いた。
『君達が前半を終えた中で、勝つために何をすべきかを理解していることを大変誇らしく思う。…だが君達は私の兵士であり、戦い方は将軍である私が考え示す。勝利への意欲は保ちつつ、チームとしての規律は厳守せよ』
そして、小宮のもとへ行くと、肩を叩いて命令した。
『敵の2番を背負いながら、逆転へのチャンスメイクをしてもらいたい。君にはできるはずだ』
小宮は監督の言葉を鼻で笑い、
「あんたは俺を天才だと認めた。だったらそれに答えるまでですよ」
と、平然と言い切った。
「中盤の主導権は俺達の、…いや、俺の手中にある。必ず試合をひっくり返してやりますよ」
不敵な笑みを浮かべた小宮だが、その心中は怒り狂っていた。早い話が嫉妬である。
名門クラブのエースとしてプレーしてきた自分より格下(小宮にとって)であるはずの剣崎や内村が、自分の監督を唸らせ、また自分自身も見とれていた。それが屈辱だった。だからこそ、この試合に勝たねば気が済まない。
小宮の目のぎらつきは、試合開始前のそれとは比べものにならなかった。
その頃のアガーラのロッカールームには、今石監督の声だけが響いていた。
「劣勢の前半をなんとか同点に出来たわけだが、流れはまだ向こうだ。内村の御船潰しは効いちゃいるが、やつらのオプションを一つ抑えているだけにすぎねえ。引き続き両サイドとボランチは、奴らの1.5列目の連中に仕事をさせないようにしろ」
選手に指示を出す今石監督。その胸中は穏やかでなかった。
後半の選手交代において、誰と誰を使うかを決められないでいた。無論始まってからの展開次第ではあるが、どういう交代をしようともスタメン組と比べると、ワンランク力が落ちてしまう感が否めない。
また、主導権を握られながら中盤で均衡を保っているのは内村と猪口の奮闘によるところが大きく、それをカバーする西谷と竹内の運動量も欠かせなかった。
(まあ正直手詰まりだが…。なんとかすっかな)
そして試合は、後半に入った。




