心踊る佐久間
「しかし、わざわざ江川を下げる必要があったのか?配置転換なら江川をそのままセンターバックに回す手もあっただろ」
松本コーチが、今石監督の交代策に疑問をぶつける。確かに早い時間に3つしかない交代枠を消耗するのはリスクもともなう。
「まあそれも考えたがね。だが、ニコルスキーは現役のA代表だ。本職じゃなきゃ止められねえよ。大森をぶつけときゃ足止めにはなる。あとは内村が御船を封じてくれりゃ、まだ勝機はある」
今石監督の思惑通り、内村の配置転換は見事に即効薬として機能した。
内村の御船封じは少し変わっていた。事実だけを言えば、内村は御船を封じることは出来てはいない。ただ御船はほとんどボールを触れないでいた。
なぜなら、ボールを触りたいタイミングで内村に奪われているからである。
「うあっ、まただ」
御船は内村の対応に、完全に翻弄されていた。
確かに江川のように体をよせてくるより、内村のようにある程度距離を保たれるほうがやりにくかった。だがそれ以上に厄介なのが、自分がボールを受けたいタイミングで、ことごとく内村に先に奪われてしまうことだった。
(な、なんか…自分とやってるみたいだ。いや、むこうのほうが早いから…くそう)
まるで自分に負けているようで、御船はしゃくだった。対する内村は、そんな御船を見てほくそ笑んだ。
(思った通りだ。こいつのセカンドボール奪取率の高さ、その根源は読みじゃなく身体能力。ニコルスキーの動きに合わせて動いている。だったらこいつより先に動けばいいだけの話さ)
だが、並の選手ではそんな対応はできない。そこに内村のセンスが光る。見ていた佐久間は、久々に空恐ろしいものを感じた。
(くそ…高校のときとまるで変わってねえな。奴の才能には本当に底が見えねえや)
佐久間と内村は、兵庫の名門瀧河第二高校の同級生であった。ともに推薦で入学したが、二人は「10年に一人の逸材」と前評判が高く、部員の耳目を常に集めていた。
ただ、放つ色合いは極端に言えば真逆だった。
佐久間は典型的な天才型であり、視野の広さ、パス精度、シュートセンスとプレイヤーとしての力量は既に高校生場慣れしていた。
一方で内村は不気味そのもの。光るものも欠点もなく、だからと言って凡庸ではない。全てが別次元で底が知れなかった。後にも先にも、自意識過剰気味の佐久間が「一生勝てない」と直感した唯一の存在である。
ただそれゆえに、次第にチームで浮いた存在になっていた。フィールドプレイヤーならどこでもこなし、どこでも一番目立つ内村のセンスは上級生から目の敵にされた。また、同級生からも、その飄々とした態度とは裏腹に、異常なまでのストイックさから壁が生んだ。
そして選手権を直前に控えた紅白戦。控え組のボランチでプレーした内村は、強烈なタックルでキャプテンの10番、本番さながらのスライディングでエースの9番を立て続けに負傷させてしまい、先輩達を激高させてしまう。
「てめえ、何考えてんだっ!大会近いってのになんてことしてんだっ」
キーパーに胸倉をつかまれ、ニ、三人に囲まれながらも、内村は冷めた目で嘲笑しながら言い放った。
「練習だからって油断してるほうが悪いんですよ。ちゃんちゃらおかしいね」
その直後、内村は袋だたきにされたのだが、終わったときには先輩側が鼻や股間を押さえてうずくまっていた。
内村が中退し渡独したのはその三日後。その時の捨て台詞を未だに覚えている。
「名門ほどつまんねえんだな」
(相手と同じ動きで相手を上回る…。そんな発想を絵空事にしない化け物がいる以上、アガーラは安泰だな)
そう思っているうちに、佐久間は視線を感じた。
いや、見られてはいないのだが、内村の背中から何かを感じた。それに従い、内村に並走した。直後に真横から鋭いキラーパスが来た。受け取った佐久間は内村からのメッセージを直感した。
攻めろ
それだけだった。
「一体どうなるんだろな。こいつとのサッカーは」
佐久間はワクワクしながら攻め上がった。
顔を上げた佐久間の視界には、アガーラの誇るストライカーたちが、ボールの到着を待っていた。それもまた、佐久間をワクワクさせた。
「なんて豪華な攻撃陣だ。…こりゃあ結果の出しがいがある。それじゃあ一発行くか!」
佐久間は笑いながらボールを大きく蹴り上げた。
ボールに反応したのは、鶴岡とサンドロだった。迫力の空中戦は身長差で鶴岡が競り勝ち、まずは竹内に落とす。反応した竹内は、相手DFを振り切りボールを拾う。
「こっちだっ!」
右サイドを駆け上がる佐久間は、開いたスペースに走りながら竹内にパスを要求する。
「ナイス、佐久間さんっ」
竹内はすぐさまパスを出す。これが佐久間の足元におさまる…寸前に、佐久間がゴール前に蹴りこむ。
その落下点に剣崎はいた。




