試合直前のそれぞれ
両チームのスタメンは次の通り。
ホーム:東京ヴィクトリー
GK1市原拓也
DF2二村和志
DF3サンドロ
DF34三島浩一
MF15生駒亨
MF29福澤清彦
MF14石川秀久
MF10小宮榮秦
MF32御船直行
MF16樋村達也
FW25ニコルスキー
ロシアの名将、アレクセイ・クレイチコフの下、高さのある3バックとボール奪取力に優れる2ボランチで守備のバランスをとり、ブルガリアの巨砲ニコルスキーのポストプレーに1.5列目の選手を絡める。
アウェー:アガーラ和歌山
GK20友成哲也
DF7桐嶋和也
DF17チョン・スンファン
DF3内村宏一
DF11佐久間翔
MF4江川樹
MF2猪口太一
MF22西谷敦志
MF16竹内俊也
FW9剣崎龍一
FW18鶴岡智之
今石監督はボランチ2人にトップ下の小宮、御船潰しを指示。両サイドは機動力と運動量で選出。中央の守備は、ボランチと視野の広いセンターバック任せとも言えた。
『理解に苦しむな。ボランチ二人をマンマークに徹底させるのは、スペースを与えるだけだ。両サイドハーフはヒューマンダイナモであるとしても、ただ負担を強いるだけだというのに』
東京のクレイチコフ監督は、今石監督の戦術に眉をひそめた。
『彼らのサッカーは、よく言えば選手に全幅の信頼を置いているが・・・悪く言えば力任せ、才能任せの雑なサッカーだ。それがどうして通用するのか。見せてもらいたいものだ』
「なんてこと思ってんだろうな、あっちの監督は俺のことをさ」
自虐的に笑う今石監督。ボランチ二人をマンマークに専念させることが非常識であることは承知している。
「だが、全く勝機がないわけじゃねえ。これで勝てるからこうしてるんだ。頼むぜ、お前ら」
一方、ピッチ上でも選手間で火花を散らしていた。
「よう。俺のマークはまたお前か」
小宮は、対峙する猪口を見下すように笑った。
「前は俺にきりきり舞いしていたが、今回は相手になるんだろうな」
「少なくとも、前みたいに個人技を許すつもりはないよ」
「そうかい。まあ、せいぜい足掻くんだな」
一方で、今石監督が敵のキーマンとして狙いをつけた御船には、映像で真っ先にそれに気づいた江川がついた。
この二人、まずお互いの外見を凝視した。江川が「こいつ髪ボサボサだなぁ…前見えてるのか?」とぼやけば、御船もまた「なんだ?ずいぶんガリガリだなあ。スタミナ大丈夫かな」とつぶやく。そして心中は(気味の悪いやつだな)とシンクロしていた。
そして、この試合が移籍後初スタメンの佐久間は、悲壮な決意を秘めて臨んでいた。
試合前日、佐久間は宿舎にて今石監督の部屋に呼び出しを受けた。
「さて…明日はお前のアガーラとしての初陣だ。気分はどうだ?」
「まあ…良くもなく悪くもなく…ってとこですかね」
「あほ。もっとピリピリしてろい。明日はお前にとってサッカー選手でいられるかどうかの分水嶺なんだぜ」
そう諭すように言われると、佐久間は顔色を変えた。
「それぐらいわかってますよ。横浜との契約が残ってる中、その期間いっぱいまでのレンタル移籍って時点でね。『早く使えよこのくそ親父』なんて思ってましたよ」
「おお?本人を前にしてくそ親父かよ。その意気は買いだな。…それだけ熱くなってんなら上出来だ。お前は俺達にとって喉から手が出るほど欲しかった男だ。明日は期待している。欲を言えば得点にも絡んでくれ。初めてのサイドバックだが、お前なら問題ない。期待してるぜ」
今まで「期待している」と言われたことは多々あった。しかし、あそこまで面と向かって言われた記憶は、サッカーを始めたころから遡ってもほとんどない。試合中にふと思い出し、笑った。
「あそこまで言われちゃあな…。先制点でもアシストするか」
佐久間の目が少しぎらついた。
そして剣崎もまた、決意を秘めた目をし、センターサークルの中に立っていた。
「剣崎、この試合は俺の宿題をやってもらう」
それは試合前日の宿舎でのこと。廊下でばったり宮脇コーチと会い、「丁度よかった」と言われていきなり課題を押し付けられた。
さすがに「なんすか、唐突に」と突っ込んだが、「下手な鉄砲を卒業しねえと、得点王はとれねえぜ」と言われると顔つきが変わった。
「今のお前はさながら『マシンガン』だな。威力があって、打ちまくれて…ただ真のストライカーは『照準つきのライフル』でなきゃダメだ。そうすりゃマークなんて関係なくなるしな」
実は剣崎自身、最近になって初めて自分のプレースタイルに対して疑問を持っていた。いくらシュートの威力があっても決まらなければ意味がない。かといってそれを補うだけの技術も知恵もなく、このまま同じスタイルを続けていけばいつか成長が止まってしまう。
つまり壁にぶつかっていた。
自分自身、ストライカーとして生きてきた宮脇コーチは、剣崎がそういう状況にあることを感じていた。だからこそ課題をだすことにした。
「明日の試合、シュート4本で1点とれ。できなかった場合は桃源郷の坂ダッシュ30本だ」
「げっ!あの坂を?…じゃあ5本目で点とったときは…」
「悪いが酌量はなしだ。それだけ集中してこいって話だ」
「ちょっと無茶じゃねえっすか?」
ふて腐れる剣崎だが、宮脇コーチは背中を叩いて鼓舞した。
「大丈夫だ。大分オフザボールでの動きやポジショニングはうまくなってる今のお前ならな。これができた暁は、J2新記録だぜ」
新記録。その言葉に剣崎は奮い立ったのである。
「やってやるぜ!それなら坂ダッシュは50本にしてくれ、コーチ。そっちのほうがキリがいい!必ずクリアしてやるぜ」
そんな剣崎を、そばで鶴岡が、遠目から竹内と西谷が見ていた。この3人もまた、宮脇コーチから指示を受けていた。
「俊也にはスピード、アツはテクニック、ツルは高さと得点以外にも武器がある。だがあいつはそうじゃねえ。明日の試合はお前達3人の持ち味を生かしてあいつに点を取らせろ。昇格する上で剣崎の決定力を生かすためにも、お前らのアシスト力が不可欠だからな」
(決定力を生かすも殺すも、か。なら俺はポストプレーをきっちりするだけだ)と鶴岡の心中。
「ちっ。悔しい話だな。まあ、決定力は確かにあいつのほうがある。俺はドリブルでスペースを作るか」と西谷のぼやき。
(いかに剣崎の射程圏にいいクロスを入れるか、だな)と展望する竹内。
いずれも宮脇コーチからの指示をまっとうしているようだった。だが最後は(剣崎のシュートが入らないとき、そのこぼれ球を決めてやる)とゴールへの意気込みも忘れはしなかった。FWである以上、アシストに徹する気など毛頭ない。どこからでも得点をとることを目論んだ、宮脇コーチなりのハッパのかけ方だった。
いろんな胸中のなか、和歌山ボールでキックオフのホイッスルが鳴り響いた。




