表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/100

試合前の表情、やり取り、触れ合い

第29節東京ヴィクトリー戦@東京スタジアム



「しかし…あらためて着てみるとダサいな」

 ロッカールームでアウェー用のユニフォームに着替えた佐久間は、そのデザインにため息をついた。

 アガーラ和歌山のホーム用は、シャツが深緑、パンツがオレンジ一色というシンプルなものだが、アウェー用はシャツの胴が白で袖は黒、パンツは右が白、左が黒と言うカラーリング。背番号も黒。明らかに和歌山で最も有名であろう動物を彷彿とさせるデザインだった。

「俺はこういうの嫌いじゃないがね。まあ着てりゃ慣れらあな」

 その隣で内村は、佐久間を宥めるようにつぶやいた。

 一方で、背番号11の前任者を知る選手たちもまた、佐久間が着ているユニフォームに妙な違和感を感じていた。

「しかしクリよ。11番がずいぶん小さく見えるよな。なんかスラッとしててよ」

「まあ、前着てた沢松さんがデカすぎたってのもあるけどな。195センチが172センチに縮んだからな。数字がすげえ大きく見えるな」

という、剣崎と栗栖のやり取りは、チーム全員の意見だった。

 そして整列の時間がきた。そこで剣崎は小宮と対峙した。

「よう」

 先に声をかけたのは剣崎だった。

「前回はハットトリックごっそうさん。今日も決める予定だからな、覚悟しとけよ」

 見下ろし、鼻息を荒くする剣崎に対し、小宮は鼻で笑って見上げた。

「相変わらず馬鹿だな。格の違いを分かってないよな」

 悪態をつき小宮だったが、一つ息を吐いて剣崎を見上げた。

「と、お前らを罵りたいけどな。うちの監督はお前が要注意人物だってミーティングで言いやがった。…俺達の目の前でハットトリックするわ、得点王になってるわ。ザコじゃないってことは認めてやる。今日はがっかりさせんなよ」

「けっ。試合が終わったらまいりましたって言わせてやっからな。覚悟しとけや」

 そして整列の時間。今日の東京スタジアムでは「浴衣日和」と銘打って、浴衣をきた東京ヴィクトリーサポの子供が浴衣を着て選手と入場する。


「小宮選手っ、頑張って下さいっ!」

「二村選手カッコイイ」

「ニコルスキー、ゴールゴール」

 自分達が応援する選手と手を繋いだ子供は、無邪気にはしゃぐ。が、ただ一人泣き出した子供に戸惑っていた。

「おい御船。また泣かせたのか?」

 小宮に呆れ果てられている御船という選手は、ボサボサに伸びた黒髪が目元を覆い、分け目から片目がのぞくというヘアスタイルをしていた。言ってしまえば、目玉に手足の生えた男の息子のような出で立ちだった。これでは子供はビビる。さらに無口でボソッとしゃべるようでは怖さにイロをつけたものだった。

(彼が監督の言ってた要注意の選手か…。やっぱ独特の雰囲気あるなあ)

 猪口は、御船を見ながら先の今石監督のミーティングを思い出していた。





「さて、いまあいつらの試合を3試合見てもらったが、前回対戦したチームとは全くの別物ってことはわかったと思うが…お前ら印象に残った選手は誰だ?」 今石の質問に、最初に答えたのは桐嶋だった。

「やっぱ小宮でしょ?オリンピックに行けなかったっつっても、やっぱ奴が起点だとどんなチームでも強いっすよ」

「それにブルガリア代表のニコルスキーとのコンビネーションもよく機能してるっすよね。あの高さと強さはすげえな」

 それに続いて、西谷も答えた。

「けっ、関係ねーよ。こいつらがいくらとろうが、俺が取り返しゃいいんだよ。ハットトリックやった俺がな」

「ああ、関係ない。俺が全部止めりゃ勝てるからな」

 剣崎と友成の発言は、趣旨にそってないが、頼もしくもある。

 猪口もまた、かつてマークを任された小宮がスケールアップしていると感じていた。

 そんななか、江川が一人の選手を上げた。

「僕は…小宮選手じゃなく…コンビを組む御船選手が嫌ですね。すごいというか、東京ヴィクトリーの攻撃の時にセカンドボールはほとんどこいつが拾ってるし」

 この江川の意見には、チョンや川久保、村主らベテラン勢が賛同した。

「シュート意識や質、壊さならニコルスキーや小宮君の方が怖いです。でも…御船選手が神出鬼没にことごとくセカンドボールを拾ってるから東京の攻撃力が生きてるんじゃないかなって感じまひた」

 最後に噛んでしまって爆笑を誘ったが、江川の意見は今石監督が求めていたものだった。

 ニヤリと笑って、今石監督はひとつ息を吐いた。

「大正解だ江川。つーわけで、東京戦は猪口と江川がそれぞれタイマンを張ってもらうわ。特に江川には御船は徹底的に潰せ。カギは満点解答のお前だ」




 そして現在に時間は戻る。


「ねえ、おにいちゃん」

 ふと、猪口の手を握る子供が声をかけてきた。

「パバが言ってたんだけど、おにいちゃんって、チビなの?」

 ストレートな一言に、猪口は苦笑する。

「うーん、まあ小さい方かな」と、答えた。

 すると、男の子は少ししょんぼりとした様子でつぶやいた。

「ぼくね、クラスやサッカーチームで一番小さいんだ。みんなはバカにするけど、ぼくもサッカー選手になりたいんだ。ちっちゃくてもサッカー選手になれるのかな…」

 すると猪口は笑みを浮かべて答えた。

「体の大きさは確かに気になるけど、それを気にしすぎちゃダメだよ。大切なのは、頑張る時に自分を信じることさ。『ぼくはできる』って」

「そうなんだ」

「ぼくは小さいままだけど、君はまだまだ大きくなれるよ。だからサッカーも頑張ってね」

「うんっ!」

 少年は猪口の言葉に、満面の笑みで返事をした。


 この二人が10年後同じチームでもコンビを組むとは、まだまだ知るよしはない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ