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秘密兵器、使って平気?

 ある日のクラブハウス。そのミーティングルーム。時間は午後8時。夏とは言え、外はすっかり日が落ちていて暗くなった。

 そこで今石監督はDVDを見ていた。次節で対戦する東京ヴィクトリー戦のホームゲームのを。

「ずいぶんとまあ持ちこんでんな」

 そこにコーチの宮脇が入ってきた。

「よう。お前もやる?」

「ビール片手にDVD鑑賞か。しかも…イカフライにから揚げって」

「いや、ただ見てるだけだったらつまんねーし」

 今石監督の態度に呆れる宮脇コーチだったが、こいつらしいとも思い、自分もビールを受け取った。

「どうだ?東京ヴィクトリーの印象は」

「まあ、前回やったときとは…つーか俺達とやった後に監督変わったからな」

「確か、ロシア人監督だっけか?まあ、腕は確かなんじゃねえか」

「…ああ。折り返しからいきなり7連勝。前半戦も12試合無敗なんてあったしな」

 そう言いながら今石監督は3本目の缶ビールを飲み干した。同時に宮脇コーチに話し掛けた。

「宮脇よ」

「んあ?」

「この実況わかってないよな」

「は?なんだいきなり」

「今のこの東京ヴィクトリーの核、お前は誰だと思う」

 今石監督の質問に、宮脇は顔をしかめた。

「…同級生なめんなよ。どうせ小宮何て言おうものなら、自慢げに『はい残念』なんて言う気だろ。それにDVD編集は俺の仕事だ。そんぐらい気づいてる」

 映像を見ながら、宮脇コーチは今石監督が求める正解を答えた。

「確かに小宮やニコルスキーはすごい。監督代わってもこの二人がこのチームの軸だ。だがキーマンは違う…こいつだ」




 翌日。チームは午前練習で切り上げ、選手全員参加のミーティングが開かれた。


「よーう。うちにゃもう慣れたかい?」

 出場停止が解ける内村は、ある選手に声をかけた。かけられた選手は面倒臭そうに答えた。

「別に…。まあそれなりにな」

「都会と違って、うちボロいだろ。ギャップあるんじゃね?」

「まあな。ギャップだらけで、ここがプロなのかを疑うね。未だに」

「まあまあサッちゃん。そろそろ試合にも出れんじゃない?」

「…サッちゃんはやめてくれ。俺は佐久間翔だ」


 佐久間翔。この夏、横浜Fマリナーズから一年半の期限付き移籍してきた、俊足のサイドアタッカーである。持ち味のドリブルは、スピード、突破力、キープ力いずれも申し分なく、FW顔負けの決定力も持っている。アガーラの中で言えば「竹内と西谷を足して2で割り、5割増しさせた選手」という今石監督の評価だ。

 ポテンシャルの高さは日本代表レベルと言われるも、高卒8年目と中堅でありながらマリナーズですら一度もレギュラーをとれていないのは、長所を打ち消して余りある欠点を持っているからである。とにかく気分屋なのである。その根性を治そうと、尾道や徳島などにレンタル移籍で武者修業に送り出されたが、「地方に飛ばされた」とシラケてキレをなくすという悪循環に陥り今に至る。

 佐久間の獲得は、このミーティングの日から1ヶ月ほど遡る。




「あ、これは先輩。お久しぶりです」

 21節の栃木戦の前日、アガーラの竹下GMのもとに電話がかかった。相手はFマリナーズの強化部長の生野だった。二人は大学の先輩後輩の間柄で、竹下は生野に最も目をかけられていた。電話の内容は、佐久間の移籍だった。

『俺は今季で強化部長の任期が切れる。これを機に一線から引こうと思ってるんだが、佐久間を育てきれなかったのが心残りでな。それでお前んとこで佐久間を引き取ってほしいんだ』

「はあ…佐久間選手の実力は伺っていますが。なにぶん完全移籍とするには予算が…」

『確かにウチと佐久間の契約は来年いっぱいだ。だが、その期間いっぱいまでお前んところでレンタル移籍させる手筈になってる。そっちがいいならまとまるんだ』

 なんとも出来過ぎた話である。さすがに竹下GMは二つ返事とはいかなかった。

「ずいぶん至れり尽くせりですね。さすがになんか裏があるんじゃないかと勘繰ってしまいますよ」と答えた。ただ、目をかけてくれた分、生野がどういう人物かも知っていた。

『安心しろ。見返りは求めないよ。俺は佐久間を飼い殺しにしたくないだけさ。あいつは日本のサッカー界に名前を残さにゃならん男だ。たぶんおまえんとこのサッカーなら馬が合う。少なくとも戦力たる才能の持ち主だと保証するよ』



 この話を伝え聞いた今石監督は、二つ返事で獲得を了承。入団に至ったのである。規定によりリーグ戦出場は7月20日以降まで待たねばならなかったが、今石監督はそれが過ぎても起用はしなかった。ポジションの被る右サイドの竹内、内村が好調だったことや、佐久間のコンディションが上がらなかったことに加え、レギュラー組に組み込んだときの動きがぎこちなさが目立ったからだ。佐久間のポテンシャルを発揮させるには、スタメン起用がベストだと考えたからである。



「…で、次の東京戦だが、より攻撃的に行こうと俺は考えている。明日からの紅白戦、レギュラー組の最終ラインはビルドアップを意識してくれ。その最終ラインの面子は、左から桐嶋、内村、チョン、佐久間。これで行くぞ」



 右サイドバックに佐久間。この布陣に佐久間が真っ先に反応した。

「ちょっと待ってくれよ監督。俺がサイドバックって冗談でしょ?第一ここのポジションはヒロ(内村)が常識じゃないんすか」

「知ってるよ、右のウイングだろ。たかだか少し後ろに下がっただけだろ」

「最前線から最後尾ってえらい違いですよ。俺の持ち味は…」

「変幻自在のドリブルとキックの精度だろ。だから俺は待望の右サイドバックとしてお前を獲ったんだぜ」

「え…そうなんすか」

「そういうこと。わかんないことは同い年の内村に聞けや。つーわけで明日からの紅白戦頑張れよ」


 戸惑ったのは佐久間だけではない。今石監督の後を松本コーチは慌てて追いかける。

「おい今石。あんなこと言っていいのか?あいつはかなりモチベーションに波があるんだぞ。あれで気持ちを切らしたらどうするんだ?」

「問題ねえよ。“待望”って言っといたから」

「しかし、俺もあいつがサイドバックで行けるかはかなりクエスチョンだぞ。あいつ守備意識高くないぞ」

「別にいいよ」

「は?」

「俺の予定では2点はくれてやるつもりだ。その上で勝つつもりだから佐久間のサイドバックなんだ。確かにあいつのキックはいい。両足とも遜色なく蹴れるからな。ただミドルシュートよりクロスの方がきれいだし、あいつのドリブルは奴らでも止めるのは無理だ」

「しかし、あいつをサイドバックで使うなんてコーチの俺も初耳だぞ」

 戸惑うようにつぶやく松本コーチに、今石監督はニヤリと笑った。

「敵を欺くには味方から。秘密兵器の種をそう明かすかよ。明日からは報道陣シャットアウトの非公開オンリーだ。東京をボコボコにするために、佐久間をサイドバックに馴染ませっぞ」



 その言葉には強い意志が宿っていた。

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