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開幕戦キックオフ

 アガーラ和歌山。Jリーグが産声を上げた1993年に発足。2008年にJリーグに昇格。県庁所在地の和歌山市、練習拠点の紀の川市など県内全域をホームタウンとしている。本拠地は2万2千人収容の紀三井寺陸上競技場だが、2015年のきのくに国体にむけた大規模な改修工事で使用できないため、今シーズンは紀の川市の桃源郷運動公園陸上競技場を代替本拠地として使う。バックスタンドが存在しないため、キャパシティーは紀三井寺の比ではないが、もともとこの付近で練習しているためサポーターはそれなりに集まっていた。

 チームの過去最高順位は2010年の6位だが、昇格争いにはからんだことがない。昨年2011年はシーズン中盤に14連敗を喫するなど低迷。最終順位は18位に終わった。

 その年の連敗中に解任されたのが、開幕戦の対戦相手である奈良ユナイテッドの曽我部雄三監督である。普段は近隣同士の戦いということで奈和ダービーとして熱気が高まるのだが、因縁の人物が来るとあって、非常に緊張感が漂っている。


「ちくしょう・・・。紀三井寺じゃないのが悔やまれるなあ・・・」

ホームゴール裏に陣取る、アガーラ和歌山のサポーターグループ「紀蹴会」。そのリーダー・ケンジはトラメガ片手に苦々しい思いで試合開始のときを待っていた。

「ケンジ。気持ちは分かるけどしょうがないじゃん。国体が近いから」

「にしてもよ、2万ちょい入るところから2000弱・・・。あの野郎を圧倒したいのに10分の1だぜ」

ケンジに声をかけたのはリズムキーパーの亜由美。サポーターからは「太鼓の姐さん」と慕われている。

「普段から『声援に人数は関係ない』なんていってるくせに」

「そ。姐さんの言うとおりっすよケンジさん」

「俺たちコアサポーターがこれない人の分出しますから」

若いメンバーが、ケンジに意気込みを語る。その意気やよしと、にやりと笑った。

「さあて。頼むぜ。今石監督よう」





試合前のロッカールーム。

「よーし。ついに来たな。お前たちが待ちに待った日がよう」

今石は笑顔を見せながら、選手たちを見渡す。

リラックスしている選手もいれば、目をぎらつかせるほど気合の入った選手もいる。それでいて、この日最終ラインのスタメンに入る猪口は一際緊張していた。


「どうした、猪口。顔が青いぞ」

「川久保さん・・・」

「お前は確かに上背はないが、スピードを生かしたマンマーク技術はチームで抜きん出ている。自信を持てばいい」

「はい・・・」

川久保に励まされた猪口だが、その返事には力がなかった。

何せ猪口がマークを託されたのは、元日本代表のストライカー。ただでさえ上背は自分より20センチも高く、独特のドリブルテクニックを持っていたのだ。ルーキーがマークがつくには、少々荷が重い相手だった。


だが今石は、猪口の様子を見て安心していた。ユースのころからあがり症の気があったが、顔に不安の色が浮かんでいるほど、試合では好プレーを見せることが多かったからだ。


「さてと。今日のスタメンのほとんどはペーペー。先に言っとくがJ2だからといって甘く見るな。そんでもって曽我部のおっさんはJ2の戦い方を先に知っているし、奈良の監督に就任してからは自分の息がかかった選手を多く補強した。たぶん、和歌山でやっていたようにがっちりディフェンスを固めて、前線の個人技で決勝点を狙うんだろ」

全員のもう一度見渡して、今石は語気を強めた。

「絶対に引くなっ!馬鹿の一つ覚えのように、徹底的に殴り続けろっ!そしてぶち込んで来いっ!」

全員が声を上げた。




その頃のスタジアム。スターティングメンバーが発表されていた。

反対側のゴール裏に集まった、奈良サポーターの合いの手しか聞こえなかったが、かつて在籍した高橋祐輔、そして曽我部監督の名前がコールされたときは大きなブーイングが起きた。



和歌山のスタメン発表のときは、期待と戸惑いが入り混じったような歓声が上がった。

「なんか、新人多いけど…大丈夫か?」

「5人がユースあがり…。ひいきじゃないのか?」

不安を口にする仲間を、コールリーダーのケンジが一喝する。

「お前らっ!これから始まる試合に集中しろっ!でかい声出して、選手にパワーを届けるぞっ!!」


「おおっ!!」



選手が入場してくると、スタジアムの熱気が高まり、両チームのサポーターの掛け声にも力が入る。

「新監督就任、今さらながらおめでとう」

「いやいや、あんたもそうでしょ。まあ経験じゃ俺は負けますがね」

和歌山の新旧監督が握手を交わす。

「まあ、どう立て直すか、君の無茶なサッカーの手並みを拝見しよう」

「どうぞどうぞ。あんたの植え付けた守備意識は、きれいに取り除いてるんで」

互いに目は笑っていなかった。





「予想以上にお粗末よね、ここ。パソコンのバッテリーのプラグが、屋外用の延長コードだもんね」


記者席に座る女性は、そう言ってため息をついた。


彼女はフリーのスポーツライター、浜田友美。サッカー専門誌、Jペーパーの和歌山担当として、この試合の取材に来ていた。

「せっかく、新旧監督対決ってあおったのに…使うスタジアムがねえ」

「会場に文句言うな。要は熱気をしっかり伝えられるか、だろ」

「あ、玉川さん」

愚痴をこぼしていると、顔見知りの記者が、彼女の隣に座った。

「玉川さんとこは、週刊誌だから締め切りに余裕があっていいなあ」

「お前のところは、一試合ごとを詳しく書けるから、やり甲斐はあるだろ。サッカーキングダムは、そこまでJ2は掘り下げねえし」

ある程度談笑を終えると、2人の記者はピッチに目を移した。

「なあ、どっちが勝つと思う?」

「玉川さんはどっち?」

玉川の質問に浜田が聞き返した。玉川は首をひねりながら答えた。

「チームとしての仕上がり具合は、奈良に分があるかな。元日本代表って言う、わかりやすい実力者がいるわけだし、戦術も単純明快だしね。友ちゃんは」

「・・・。番記者としての身びいきを抜きにしても、わたしは和歌山かな。だって、選手の目、キャンプのときからずっとぎらぎらしてますもん。なんか『今年はやってやるぞ』って気合入ってて」

「ほんじゃ、晩飯かける?」

「おっけい。デザートつきで」



そして試合開始を告げる笛が高らかに響き、奈良のキックオフから試合は始まった。




次回からですが、試合の様子を書くときは両スタメンとベンチ入りメンバーを書きます。前書きで書きます。

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