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不慣れなポジション

今回は竹内がメインになっています。

「大丈夫かな…」

 アウェー奈良戦の試合前、竹内はいつになく緊張していた。

 前節千葉戦において、内村が退場した影響で2試合の出場停止となったため、右サイドバックのポジションが空くことになった。本来なら去年までレギュラーだった藤川の起用と予想されたが、今石監督はためらいなく、右サイドハーフの竹内をスライドさせた。試合までの6日間、練習試合やミニゲームで感覚をつかんだり、内村や藤川、村主ら経験者から話を聞いたりして、ある程度の手応えを得ていたものの付け焼き刃にはかわりがなかった。

「どうした?ずいぶん緊張してるな」

 竹内と同様、ボランチの位置から下がってセンターバックとなったチョンが声をかけてきた。

「いや、急造なんで足引っ張らないかなと思って…。俺もともと守備うまくないし」と竹内は苦笑する。

 自虐的な竹内を、チョンは背中を叩いて励ました。

「いちいち悩むな。それにお前は自分が思うほど守備は下手じゃない。むしろ攻撃力がありながら献身的な守備も出来るから、監督はお前をサイドバックに使えたんだ」

「そうですかね…」

「とにかく、お前はいつも通り攻撃面に力をだせばいい。お前のスペースをカバーできるように、俺がセンターバックにいるんだから。失点したとしても、お前は攻撃で取り返すことができるんだから。な」

 百戦錬磨のキャプテンに励まされ、竹内は幾分不安が消えた。

 だが竹内のサイドバックを不安視していたのは、本人だけではなかった。



「大丈夫なの?竹内ってもともとFWの選手でしょ?」

 アガーラサポーターが陣取るゴール裏、そこでスタメンを聞いた面々は驚き、太鼓担当の亜由美は首を傾げた。

「今石監督…時々冷や汗ものの采配するからすげえよな」

 コールリーダーのケンジも、腕組みをしながらぼやく。

「でも後ろに下がっただけでしょ?そんなに問題ないんじゃ…」と楽観するものもいたが、「サイドバックはそんな簡単じゃねえよ。守備もしなきゃいけねえし、チームで一番走らなきゃならねえんだぞ!」と理論を並べて不安がる奴もいた。



 そして、奈良の曽我部監督は、驚くとともに少し憤ってもいた。

「若僧が…ホームで勝ってるからってなめやがって」

 もっと言えば、途中で解任されたと言う憂きめにあったものの、去年自分が右サイドバックで起用した藤川が、無下な扱いを受けていることが内心悔しくもあった。

「本職の選手を蔑ろにして、自分の弟子を優先して使うとは…ひいき采配もいいとこだ」




 本人はもちろん、周りからも不安の目が向けられた右サイドバック竹内。抜擢した当の本人はというと、実のところ今石監督も不安な気持ちがあった。それでも竹内を起用したのは、チームの武器であるサイド攻撃の威力を維持したかったからである。

「しかし、よくもまあ決断したよな。この時期のサイドバックなんて、コンディションに影響するぞ」

 宮脇コーチがぽつりと愚痴をこぼす。

「まあいいじゃねえか。性格的に役割は全うしてくれるし、攻撃でも予想以上に動けてる。意外と適性あるかもな」と今石監督はあっけらかんと語る。その様子に、宮脇コーチは呆れ顔だ。

「まあ、選んじまった以上はベンチの首脳陣も腹括るだけさ。先手取られても、取り返せばいいだけさ」

 今石監督は、自信満々の表情を浮かべた。


 ここで両チームの布陣を確認しておこう。

 和歌山はGK友成、4バックは右から竹内、チョン、大森、桐嶋。中盤は猪口と江川のダブルボランチ。サイドハーフは左栗栖、右小西。2トップは鶴岡の累積停止の影響で、剣崎と西谷が組んだ。中盤の4人は横一線のフラットな配置となっている。

 対する奈良はGK伊藤、守備は4バックに変わり右から仁村、上野、大野、パウロ・シウバ。中盤は加藤とアンドレのダブルボランチ。1列前が右から久保、途中加入のレイジーニョ、高橋。1トップ渡辺。4−2−3−1の布陣だ。折り返しからの5試合は4勝1分と負けがなく、チーム状態は和歌山より良いと言えた。曽我部監督としては、ダービーで借りを返して少しでも順位を上げたいという目論見があった。

 奈良は案の定、竹内を狙ってきた。やはりいつもと勝手が違ったか、竹内は試合の入り方にもたついた。そこを奈良の左サイド、高橋やパウロ・シウバが猛攻を仕掛ける。そして7分ごろに先制点を奪われる。攻め上がってくるパウロに対応しようとして、小西と竹内がポジショニングをダブらせてしまう。空いたスペースに走り込んだ高橋に、パウロからパスを受けたレイジーニョからきれいなパスが通り、高橋は冷静に友成との一対一を制した。


(しまったなぁ…)

 失点の原因になり、後悔の表情を浮かべる竹内。

 しかし、そんな竹内をチョンが肩を叩いて励ます。

「これでお前のやることは決まった。ガンガン攻めてこい。後ろは気にすんな」

「う…ウスッ!」

 チョンのゲキに竹内の表情から緊張の色が消えていた。

 そして竹内の積極性は、失点から10分もしないうちに、結果となって現れる。

 中盤で栗栖からのサイドチェンジのボールを受けると、タッチラインすれすれの狭いスペースを小西とのワンツーで抜け出し、逆に奈良の左サイドバックのパウロが開けたスペースに走り込む。センターバックの上野がすぐに対応にきたが、竹内はファーサイドでオーラを放つ剣崎を捉えた。

「頼むぞ、剣崎っ!」

 竹内の右足から放たれたクロスボールを、剣崎は滞空時間の長さで相手選手に競り勝ち、同点ゴールを叩き込んだ。

「ナイスゴールだ剣崎っ!」

「トシもいいボールサンキューなっ」

 得点を生んだ二人は、お互いを讃えながらハイタッチ。そこに西谷や小西が飛び掛かってきた。

 このアシストに、竹内は自信をつけた。そして右サイドから猛攻を仕掛ける和歌山らしい攻撃が展開される。竹内のオーバーラップもそうだが、サイドハーフでプレーする小西がよく効いていた。

 守備では、対面する高橋やパウロのオーバーラップに目を光らせ、彼らへのパスを遮断。攻撃では巧みなボールキープでタメを作り、効果的なパスを供給し続けた。

 こうした援護射撃もあり、竹内のオーバーラップは鋭さに拍車がかかる。カミソリのように切れ味鋭いドリブルで、ジグザグに切れ込んで再びアタッキングサードに侵入すると、あえて相手ディフェンダーを背負う(マークに付かれている)西谷にパス。西谷はマーカーを背負ったまま、強引に反時計回りに反転し右足を振り抜く。執念が乗り移ったかのようなボールは、そのままゴールネットを揺らした。逆転である。

 直後に高橋のミドルで追いつかれ、同点でハーフタイムを迎えることになったが、竹内が右サイドバックでのプレーに自信をつけたことで、引き上げるアガーラの選手たちには余裕が感じられた。

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