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剣崎次第

 キックオフの笛が響き、センターサークルから剣崎が自陣にボールを蹴った。

(絶対に…今日は俺が点取って勝つんだっ)

 剣崎の目はぎらついていて、それでいて気負いを感じなかった。


 その剣崎の雰囲気を、対面する千葉のFW藤井は、試合前の木田監督がミーティングで話していたことを思い出していた。


「今の和歌山は連敗中で、持ち味の攻撃力も鳴りを潜めている。だが内容はよくなっている。特に剣崎に注意しろ。勝てていないのは、フィニッシャーの彼が機能していないからだ。FWはあいつの目を見ろ。やばいと思ったら自分が点を取ることより、剣崎を自由を奪うことに専念しろ」



「ってことは…今日は要注意、なんだろうな」



 千葉・木田監督の和歌山対策は万全だった。

 和歌山の攻撃の要は、ポテンシャルの高い両サイド。特に竹内、内村の右サイドから多くチャンスと得点を生んでいた。

 しかし、実際にそれらを生み出しているのは、竹内と西谷の両サイドハーフが、縦横無尽に動き回っているからだ。「中盤の攻防は中央のスペースだけは消し切れ」と指示を受けたMF陣は、竹内と西谷が中央に攻め込むためのスペースを潰した。

「サイドハーフをサイドに閉じ込めたあとは、クロスを上げさせないために、サイドバックはしっかりと張り付け」

 この木田監督の、和歌山のサイドハーフ潰しはハマった。竹内と西谷が攻撃に絡む機会やスペースは限定され、内村や桐嶋がオーバーラップで揺さぶっても効果は薄く、逆にできたスペースを使って反撃を喰らった。



「チィっ!」


 今も友成が、千葉のFWのシュートを弾き出した。前半まだ30分で、もう5回目の光景である。

「おい最終ラインっ!敵につられすぎなんだよっ!ゾーンかマークかもっとハッキリしろっ!」

 特に友成は、むやみに仕掛ける桐嶋を名指しで怒鳴った。

「和也っ!てめえはドリブルしか出来ねえ単細胞かよっ!なんでも攻めりゃいいってもんじゃねえぞっ!最終ラインの一員…」

 途中、相手FWとの一対一を制して、がっちりとボールをキャッチし、

「攻めてばかりじゃなくて守りのバランスも考えろっ!」

 と、桐嶋を怒鳴り切ってロングボールを蹴り飛ばした。

「き、器用だな…あいつ」

 その様子を見ていた猪口は、友成の技術に感嘆としていた。


 結局前半は千葉が押し込む展開に終始し、そのままホイッスルとなった。

 千葉のサポーターは「後半こそ得点を」、和歌山のサポーターば「後半は反撃しろ」というメッセージを込め、それぞれ引き上げる選手に対してチャントを飛ばした。

 引き上げる最中、千葉のFW藤井は、剣崎が気になって仕方なかった。

「なんだろな。ヤバい目してたのに…」

 同僚のDF山内が、藤井の疑問を流す。

「気にしすぎだって。思い詰めて空回りしてるだけさ。まあシュートゼロじゃ、前半限りさ」

「…ですかねえ」

 釈然としないが、藤井はそれ以上考えるのをやめた。



「…ってわけだから、桐嶋は悪いが前半で…」

 今石監督が、ロッカールームで選手に指示を出している間、剣崎ばじっと前半を振り返っていた。

(今まで俺は開いたスペースに走り込んできたけどよ…こういう状況じゃああんまパスもこねえよな。もっと走るとことかタイミング考えねえと…)


「なんか今日の剣崎、ずいぶん雰囲気違うよな、栗栖」

「まあな…あいつがあんなに考える様子ってあんま見たことないよな」

 竹内の言葉に、栗栖も頷く。


 剣崎の様子を気にしていたのは、首脳陣も同じだった。

「剣崎のやつ、話聞いてたのか?」

 松本コーチがいぶかしむように呟く。だが、今石監督は笑みを浮かべ、気にとめていない様子を見せた。

「あいつは点を取ることだけに集中してりゃいい。俺達アガーラのサッカーが完成するのは、あいつの得点感覚次第。剣崎のゴールが安定供給できりゃ昇格戦線に十分絡める」

 今石監督の言葉に、松本コーチは目を見開いた。

「今石!…お前」

 今石監督はニヤリと笑う。

「勝負事でハナから勝ちを捨ててちゃチームは強くならねえ。マスコミにはああ言ったが、俺は昇格する気満々だ。まあ、そのために足りないものを鍛えているのも確かだがな」

「だが…今やっているサッカーが、いい科学反応を起こせば…」

「湘南や東京、千葉、尾道と昇格圏との対戦はまだ先に残ってる。あわよくば優勝かっさらえるかもな」



「クリ、トシ、ちょっといいか」

 ハーフタイム終了を告げるブザーが響いたロッカールームで、剣崎は栗栖と竹内を呼び止めた。

「なんだ?今日のお前、ずいぶん考え込んでんなあ」

 冷やかす栗栖に、剣崎は笑いながら答える。

「まあ、俺が頭悪いのは今に始まった事じゃねえが、せめて点を取る方法…というか、パスをどうやってもらうかぐらいは考えねえとな」

 そう言って頭をかいた後、真剣な表情を浮かべて口を開いた。

「大変かもしんねえけど、一本でいいからいいパスをくれ。出しやすいところに走って、絶対に叩き込む」

「…お前の“絶対”は信用できないしな〜」

 栗栖はあえて冷めた反応をするが、剣崎は堂々と言い切った。

「信用する、しねえはオメエの勝手だ。けど、俺の“絶対”は、パスをくれなきゃ確認できねえぜ」

 剣崎の表情に、栗栖は笑った。

「わかったよ。ただお前が出し手ありきの選手ってことは向こうもわかってる。だから俺達のマークも厳しいから、パスの精度は保障出来ねえ。けど、可能な限りお前にパスを出してやる。だからしっかり決めてくれや」

「おうっ」

 自信満々に胸を叩く剣崎。竹内も、

「じゃあ俺も期待に応えるかな。頼むよ」

と、期待を込めた。



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