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今石の思惑

 中断期間のないJ2は、翌週から早くも後半戦に入った。

「なんかもう半分たったって感じで味気ねえよな」

 クラブハウスの廊下を歩きながら、剣崎はそうぼやいた。

「まあ中断もないし、秋までJ2はリーグ戦ばっかりだ。あっという間に感じんのもしょうがねえさ」

 そのぼやきに栗栖が答えた。

「でもよ〜、夏場ってナイターばっかじゃん。俺なんか照明灯の光ってなじめねえんだよなあ」

「夏の昼間は暑いんだからしょうがねえよ。…まあそれでもユースは炎天下の昼間にしてたけどな」


 剣崎や栗栖だけでなく、今のアガーラの若手の多くは、ナイターでの試合にやりにくさを感じていた。いかに煌々と照明で照らされているとは言え、暗い環境ですることに変わりない。何よりも生活リズムが違う。それになかなか馴れなかった。

 ただ試合になれば、そんなことは言ってられない。水戸戦の遠征メンバー発表前に「好きなことやって金もらってんだ。いまさらガタガタぬかすな」と、今石監督は一喝した。


 そうして臨んだ、アウェー水戸戦。後半ロスタイムだった。


「こんの、おぅっ!」


 最後の最後で得た、コーナーキックのチャンス。相手DFと競り勝った鶴岡が、渾身のヘディングシュートをニアサイドで放つ。たたき落としたボールは、キーパーの手をかい潜り、ゴールネットを揺らしたのだった。それとほぼ同時にタイムアップの笛がなり、アガーラの選手たちは、頭を抱えたりしゃがみ込んだりした。

 スコアは2−1。わずかに時間が足りず、和歌山は敗れた。試合を通してボール保持率で相手を上回り、何度もパスで攻撃を組み立てたものの、結局は元の強みであるセットプレーでの1点に留まった。

 翌週23節のホーム富山戦も同じような内容だった。ここ数試合、和歌山はショートパスをつなぎながら攻め込むサッカーに取り組み、同時に「下手な鉄砲の効率と精度を上げる」目的で、代名詞とも言えたシュート数を制限していた。

 この富山戦も、どこか選手の動きがぎこちなく、開幕当初の痛快なサッカーはなりを潜めた。特に、得点王剣崎は慎重なプレーが増え、歓声よりもブーイングの飛ぶシーンが目立った。結局拙いパスミスから失点し、1−0で京都の後塵を排した。この負けパターンは、アウェー熊本戦、ホーム福岡戦と続き、4連敗目の福岡戦後には、一部サポーターがゴール裏からブーイングを選手に飛ばし、今石監督に向かっては聞くに堪えない野次が飛んだ。

「今監督がパスサッカーにこだわっている理由は、どういうところにあるんですか?」

 専門誌Jペーパーの和歌山番、浜田は試合後の会見で、今石監督に思い切った質問をぶつけた。

「さすが番記者。踏み込むねえ」

 ニヤリと笑う今石に、浜田はそのまま続ける。リーグ戦折り返しからの4試合、というより、それ以前からチームはパスサッカーを取り組んでいますが、この4試合でとれた得点は3。全てセットプレーです。こうした成果以上に、今石監督が築いてきた攻撃的なサッカーとは、ずいぶん掛け離れているように思いますが、それでいてパスサッカーに固執する意図はなんですか」

 浜田の質問は辛辣なもので、大学の後輩でもある広報の三好は(言い過ぎですよ先輩)という表情を見せ、今石監督も少しばかり顔をしかめた。

「んじゃさ。それまでのサッカーしてさ。来年優勝できるか?」

「え?」

 浜田に構わず、今石監督は笑みを浮かべながら続ける。

「就任会見でも言ったけどよ。俺は今シーズンの昇格は眼中にない。こいつらは才能の塊だが、所詮ガキだ。今年上がれたところですぐ落ちる。来年優勝して昇格する上で足りないものを、この1年でがっちり作る」

「今のパスサッカーも、そのためだと?」

「春先にケンカ別れしたコーチが言ったように、俺のごり押しサッカーはJ2で通じたとしてもJ1は生き残れねえし、うちのメンツならパスサッカーはむしろ当てはまるし、狭い場所をドリブルで突破もできる。あとは詰めの部分を担う9番が目覚めりゃ、俺の改革の第二弾は成功さ。まあ、もうしばらくこんなサッカーで我慢してくれや」



 その頃、キーマンの剣崎は、練習場の芝生の上で仰向けに寝転がっていた。

 一人居残りでシュート練習をしていた剣崎は、炎天下の下2時間は打ち込んでいた。

「くあ〜…最近の監督のサッカーは、いかに俺が下手かをアピールしてるよなあ…」

 そよ風を浴びながら、剣崎は大の字になって空を見ていた。雲の流れを見ていると、自分の中にたまっているものが、どんどんとどっかに飛んでいってしまう感覚になる。これが気持ち良かった。



「ま、いっか」


 そうつぶやいて剣崎は立ち上がった。


「もううだうだ考えんのはなしだ。俺ができんのは、すんげえシュートをぶちかますことだ。次の千葉戦。また俺がてんとってやらあ。…うぉぉぉぉっ!!!…うしっ」


 剣崎の中で何かが吹っ切れた。




 そして日曜日。好調のジェク千葉を、紀の川市の桃源郷運動公園陸上競技場に迎え打つ。

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