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スポンサー御一行様

「それにしても、君がここに来るとはねえ」

 南紀飲料の山田光行社長は、同学年の木原にそうつぶやいた。山田はさらに続ける。

「あれだけ『サッカーはくだらない。契約は今年限りだ』って熱弁してたのにねえ」

「調子がいいと聞いたし、考える余地があると判断したまでだ」

「余地があるのは、君自身が感心を持ったからだよ」

 ひょうひょうとした態度を取る山田に対して、木原はむすっとしたまま脚を組んでいた。

「まあ、おまえさんみたいな無関心な人間には、わかりやすくて痛快なサッカーをするよ。座り心地は良くないが、最後までじっくり見ていきな」





スタメンは次の通り。


GK20 友成哲也

DF2 猪口太一

DF5 大森優作

DF3 内村宏一

DF7 桐嶋和也

MF17 チョン・スンファン

MF8 栗栖将人

MF16 竹内俊也

MF22 西谷敦志

FW18 鶴岡智之

FW9 剣崎龍一


「左サイドバックは桐嶋か…。ということは攻撃的にくるな」

 栃木の明石監督は、今日のスタメンを聞いてつぶやいた。弱冠38歳でチームを率いて3年目の明石監督は、研究熱心で知られ和歌山の対策も万全に整えてきた。

「唯一気になるのは5番のセンターバックだなあ。彼は徳島戦ですぐに退場しただろう」

「空中戦には強いとのことですが、スピードのある選手に対しては未知数ですね」

「まあ、穴だと分かれば付け入らせてもらうさ。うちのリズムにするためにもね」

 コーチの進言に、明石監督は強気な姿勢を見せた。


 しかし、今石もまた、それなりに策を考えている。大森の起用もその一つである。

「大森の身体能力なめんなよ。ただでかいってだけじゃ空中戦は勝てねえんだぜ」


 栃木の攻撃パターンは、キック力に優れた最終ラインの選手たちが放り込むロングボールを、1トップの長身FW松田に集めて、そのセカンドボールを、梅田、桜井の両サイドハーフやトップ下の竹下が拾って押し込む。あるいはサイドバックからの正確なクロスを松田がヘディングを決める。この2つが基本である。

 今石が取った対策は、松田に自由を与えないことと、最終ラインの選手を攻撃参加させないことだった。

 そしてこの起用に大森は応えた。

 190センチ代の恵まれた体格を、ためらいなく松田に寄せて簡単にキープさせず、得意のヘディングでロングボールをきっちり跳ね返し、セカンドボールも周りが驚く足元の技術を生かして簡単に失わない。何よりプレーに迷いがない。積極的に動けていた。

 大森が見せるパフォーマンスに、ベンチスタートの川久保と園川は圧倒されていた。

「すげえ…優作ってあんなにできるやつだったんだ」

「元々のポテンシャルに、メンタルの強さが備わったな。ここで自信をつけたら、あいつは手がつけられなくなる。負けらんねえな、ソノ」

「うっす」


 序盤は最終ラインから丁寧に組み立てた攻撃で、試合の主導権を握った栃木だったが、徐々に縦横を織り交ぜてショートパスを繋ぐ攻め方にシフトしていった。

「一つのパターンに固持せず、いろんな切り口から攻めていけ」と、明石監督は事前に指示していた。

 だがこの攻撃パターンの変更は、かえって和歌山の守備網に引っ掛かってしまう。視野の広いチョンと栗栖のダブルボランチがコースを限定し、空いたコースへのパスは猪口が何度も奪う。サイドから仕掛けようとしても、今や和歌山の両サイドの質は、少なくともJ2ではトップクラス。付け入るどころか徐々に攻撃のリズムを崩していった。

 ただ栃木の守備も堅かった。全員が180センチに満たないが、体のよせ方が上手く、せっかくサイドからクロスを上げても、剣崎や鶴岡が万全の体勢でヘディングができなかった。

「ぐあっくそっ!またポカしたあ〜」

 こう剣崎が頭を抱えたのは、一度や二度ではない。今石監督ももどかしさが募っていった。

「向こうの守備があそこまでやるとはねえ…。サイドの主導権は取れそうだったが、上手くバイタルエリア近辺を絞ってやがる」

「なんか手はあるか?」と、松本コーチが聞くが今石監督は一笑にふす。

「今言えることは特にねえよ。ただ、なんとかコーナーキックに持ち込んでほしいな」




 両チームとも、攻撃の組み立ては出来ても、フィニッシュまで持ち込めず、持ち込んだとしてもフィニッシュの精度を欠き、徐々に「しょっぱい」展開になっていった。


「ずいぶんつまらん試合だな」


 木原はやや吐き捨てるように言った。山田はそれに同調するように言う。

「まあ、中盤での競り合いとか、球際の攻防は玄人好みだからねえ」

 ただその後にこう付け加えた。

「サッカーの価値は、90分で判断してくれな。少なくとも」

「…」


 我慢の展開が続く中、前半も40分を過ぎようとしたころ、ようやく試合が盛り上がった。松田と競り合った大森が、ペナルティーエリア内で松田を倒してしまい、PKを与えてしまったのである。

「く〜っ…微妙だけどなあ」

 今石は苦虫をかみつぶしつつ笑みを浮かべる。

「大丈夫かな大森のやつ…、縮こまったりしないか」

 松本コーチが不安な表情を浮かべるが、今石監督は「問題ねえよ」と言い切る。

「たぶんあいつは、カードもらったことより、レッドじゃなかったことに心底ホッとしてるはずだ。さて、ここは友成に任せるかい」




 友成に頼るのはサポーターも同じ、どんなチームであっても先制点を取られることほど嫌なことはない。サポーターは友成にエールを送りながら、PKの行方を見守った。


 キッカーの松田は、ボールをセットして友成と対峙する。

「うっ」

 目があった瞬間、松田は思わず目をそらした。この瞬間、勝負はついた。右隅を狙ったシュートは、完全に友成に読まれ、がっちりとキャッチされてしまった。

 間髪いれず、友成は前線へゴールキックを飛ばす。それを中央に切れ込んだ西谷が受け、そのまま強引に敵が敷く守備網にドリブルで突っ込んでいった。

「く、くるぞっ!止めろっ!」

 栃木のGK太田は味方に指示を出したが、西谷は削られながらも密集地帯を突破する。そして、キーパーと一対一になった瞬間、西谷は右にパスを出す。中央に守備を絞りすぎたせいで、サイドの竹内をむざむざフリーにしていまった。竹内が冷静に蹴りこんだボールは、キーパーとニヤポストの間のスペースをきれいに転がり、ゴールネットを揺らした。

 

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