闘将の仲介
剣崎、友成といったエゴイストがチームに入ったことで、選手間の空気は日増しに悪くなってきた。またタイプは違えど、栗栖や西谷も自分のスタイルを頑なに貫くタイプだった。
栗栖の場合は理想を突き詰めるタイプで、他の選手にも質の高いプレーを促す、限界を一歩超させるような強引かつ無茶なパスが少なくなく、しばし連携を乱すこともあった。西谷の場合は剣崎に似ていてゴールへの執着心が強いうえに、削られることを好むかのような激しいプレーが多かった。また言いたいことを遠慮なしに言い切り、納得出来るまで話し込むタイプで半ば口論にまで発展することも少なくなかった。
チョンは最近キャプテンとして頭を悩ませる日が続いた。彼は剣崎たちのような我の強さには好感を持っていた。今のチームには彼らは必要な存在で、クラブの将来を背負うと感じていた。ただ、これ以上彼らをそのままにさせることは、反発する選手がますますチームに溝を作ることにつながりチームの瓦解につながることを百戦錬磨の闘将は熟知していた。
「こうやって選手の関係に悩むのは、このチームに来て初めてだったな」
ふと闘将は苦笑した。そして同じ時に、なんとなく今石の意図を感じ取った。
「そういうことか・・・。さて、どうしたものかな」
「チョンさん、みんな連れてきましたよ」
「おう、ごくろうさん」
全員が夕食を終えた宿舎の食堂に、チョンは剣崎、栗栖、友成、西谷の4人を集めた。4人にとっては「闘将」とあだ名されるチーム最年長に呼び出されたせいか、少々緊張気味だった。
「おいおい。別に怒るわけじゃないんだ。そう緊張するな、楽にしろ」
「・・・いや、あんたみたいな人が呼ぶんだから。さすがに・・・」
「ハハハ。友成ほどでもか。いや、別にこの前のことをとがめようってわけじゃないんだ」
チョンの笑顔で気が楽になったか、若手4人は力を抜いた。
「さて、お前たちは今、周りからどんな風に見られてるかは、言うまでもないな」
「まあ、旧レギュラーとけんかしましたからね。ペーペーの分際で口出しもしますし」
気が楽になった途端、友成の言葉は毒を帯びた。先輩を「旧」扱いである。
「あ、言っときますけどチョンさんっ!俺はシュート打つのやめませんからねっ!」
「フォワードがゴール狙うのは当然でしょ」
二人のフォワードが先に言いたいことを言っておく。
「まだ何も言ってないだろ。狙うのならどんどん狙っていけ。ゴールは十中八九自力で狙うもんだろ。俺としてはこれからもお前らには自分を貫いてほしいよ」
その言葉に、4人はきょとんとした表情を浮かべる。
「いいんですか?今のままじゃ俺たちはチームの雰囲気さらに悪くなりません?」
栗栖が不安を口にする。だがチョンは一笑に付して答えた。
「今瀬川たちがお前たちを注意しているのは、確かにお前たちがチームで我を貫く傲慢さに非がないわけじゃない。だが、それ以上にこのチームがずっと変化せず停滞していたものが、突然変化し始めたことにある。チームが変わる上で生じる自然現象でもある」
さらに一息ついてこう言い切った。
「チームが変わるかどうかはお前らにかかってるんだ。そしてその変化がいい方向に向くか否かは、お前たちが自分を信じきれるかにかかってるんだ。だから、我を貫く以上は絶対に自分に迷うな。少しでも迷ったそぶりを見せれば、俺はお前たちを許さんからな」
やや語気を強め、それでいて4人をまっすぐ見つめたチョンに、4人は力強くうなづいた。
翌日の午前練習。ウォーミングアップでチョンは、剣崎たちを毛嫌いするグループの旗頭、瀬川と併走した。
「どうだ瀬川。あいつらを見て」
「聞くまでもないでしょ。あんな自分勝手なやつら初めてですよ」
「まあな。だがプレイヤーとしての実力はどう思う?
「・・・。まあ、さすがにすごいと思わせるところは・・・・」
ためらいつつ、観想を口にする瀬川。瀬川だけでなく、多くの選手は新加入選手の実力を認めているのだ。特にユース出身の選手に対して。
「さすがにイマさんに教えられただけあって、神経の図太さはたいしたもんですよ」
「オイオイ、皮肉か?」
「いや。力があるからあれだけの大口を叩けるわけで・・・。もっと協調性を持って・・・」
「それは違うんじゃないか?」
自分の意見を否定するチョンの問いかけに、瀬川は驚くようにチョンを見る。
「あいつらはあいつらなりに必死なんだよ。自分の力でこのチームをどうすれば勝たせられるか、とな」
「それはないでしょう。そうしたらもっと周りに合わせようと努力するでしょ」
何言ってるんですか、という雰囲気で瀬川が反論する。
だがチョンはそのまま続ける。
「あいつらがああやって必死になる理由は、お前たちだよ」
「え?」
「あいつらがチームを変えたいという思い。それは去年の俺たちの成績を見れば分かるだろ」
チョンの言葉に、瀬川ははっとしたような表情を見せる。
「自分がこれから選手として生きていくチームを、あんな情けない、弱いままでいいと思うやつなんていない。チームの和を乱すな、というお前たちの言葉は、あいつらには説得力がないんだよ。おととしの快進撃はレンタル選手が軸だったし、既存の選手だけでは俺たちはほかのクラブ、昇格を狙うようなチームから見れば頭ひとつ劣っている。ましてやあいつらはユースとは言え、頂点に立ったことのある人間だ。プロとして生きるチームを強くしたいと思わないわけがない」
チョンの言葉を、瀬川は頭の中でめぐらせながら考える。
言われてみれば確かに思い当たる節はある。特に去年体験した14連敗の中で、変化が必要だと感じながら、誰も変化を望まなかった。それまで自分たちが信じてきたサッカーを、否定する怖さが胸中にあったからだ。
「確かに変わることは怖い。だが、それでも変わる必要があるからと、監督やGMはあいつらをトップチームに上げた。それでも、自分たちがしてきたことが正しいと思いたければ、あいつらを受け入れつつ自分の考えを迷わないことだ」
それからの練習。ただいがみ合う関係は、お互いに本音をぶつけつつ、理解しようとする努力を見せるようになった。
ミニゲーム中、給水するチョンに今石が歩み寄った。
「よけいなこと、でしたかね」
「いんや、俺ももてあまし始めたから助かった」
「監督がいざこざをもてあましちゃダメでしょ。特に、火付け役だったら」
「まあね。だが、この平穏は一時的なもんだ。これから先シーズンが始まりゃ、こういうのはいくらでもある。その時にどう乗り越えるかは、お前の手綱さばきと、あいつらの意識次第だ」
そして3月4日。アガーラ和歌山は開幕の日を迎えた。