カードに悩まされる
「ちょっとレフェリー、今のは厳しすぎるでしょう」
「後ろから行ってますけど、いきなり赤はないでしょ」
まさかの一発退場に、チョン、村主のベテランたちは抗議するが、審判は聞く耳を持たない。大森は大きな体が縮むくらいに打ちひしがれてピッチを出るしかなかった。
前半20分という早い時間帯で、和歌山は10人での戦いを強いられることになった。
「下向くな大森。ああいうプレーでいい。今日は審判が悪かったんだ。切り替えて次の試合に備えな」
「…っす」
戻ってきた大森に今石はそう声をかけて励ました。だが内心穏やかではなかった。
「まずいな。こんな形で点を取られたら、一気にあっち(徳島)に流れいくぞ。…止めてくれよ、友成」
しかし、今石の願いも空しく、徳島の10番・島本が蹴ったフリーキックは、友成の跳躍及ばずゴールに吸い込まれた。
思わぬ形で先制点を許した和歌山は、FW鶴岡を急造でセンターバックに配置。チョンとダブルボランチを組んでいた小西をトップ下に回し、中盤をダイヤモンド型した4−4−1に布陣を変更して臨んだ。
連敗中のチームが、幸運な判定で得点できたシチュエーションほど雰囲気ががらりと変わる。重苦しい雰囲気は消え失せ、徳島の選手たちは息を吹き返す。サポーターもまたしかり。ダービーであることも相乗効果となって、流れはすっかり徳島だった。
ピーッ!
「えぇっ!?」
右サイドを駆け上がる竹内を、主審が呼び止める。線審がオフサイドの判定していたが、竹内は首を傾げた。
(オフサイドか…うまく裏をとったと思ったけどなあ)
「何が不満があるのかねっ」
突然主審が高圧的に怒鳴った。あまりのことに、竹内は戸惑った。
「い、いえ。別にそんな…」
「だったら顔に出さないようにっ!次、不満そうな顔向けたら出すよっ!」
「あ、はい…」
主審の態度に竹内は呆気にとられた。
(なんだろ。今日はずいぶんピリピリしてるなあ)
この日の主審はとにかく笛を吹いた。ドリブルでの競り合いやスライディング、空中戦においてバランスを崩したり転んだりするだけで試合を止め、時にはカードを出した。和歌山の方が弊害を多く受けたために、サポーターもブーイングを飛ばした。
頻繁に試合が止まるために、ドリブルを得意とする桐嶋と竹内の両サイドハーフの動きがどうもぎこちない。さらに1トップとなった剣崎にキープ力が皆無なために、どうも前線でタメを作れない。それでも桐嶋が前半半ばにインターセプトから得意のドリブルを披露。一気に中央のバイタルエリアに切れ込んできた。徳島のセンターバックが、やや強引に足を出したために桐嶋が倒される。主審の笛が鳴り響いた。
(よしっ!)
桐嶋は小さくガッツポーズを作った。倒された場所がペナルティエリアの中だったからだ。
だが、審判はPKを指示しなかった上、桐嶋にイエローカードを掲げた。桐嶋の転倒に対してシュミレーション(倒されたように見せかける反則)をとったのである。
「ちょっ…なんで俺がっ」
当事者の桐嶋はもちろん、剣崎や小西も抗議。和歌山サポーターも大ブーイングを飛ばす。だが主審は怯むことなく(?)、声を荒げた小西にもイエローカードを掲げると、さっさと走り去った。
「なんなんだあ、今日の主審は。めちゃくちゃだな」
さすがの今石監督も、主審の判定に疑問と不満をぼやく。ベンチの選手たちも抗議の声を上げた。
(やべえな…変な流れが向こうにあるな。早めに手ぇ打っとかねえとな)
今石はすぐにボードを片手に作戦を考えた。
前半終了までの間、最終ラインで鶴岡の奮闘は光った。初めてプレーしたセンターバックだったが、2メートル弱の長身を駆使した空中戦はもちろん、長い脚がとにかく伸びる。まるであの海賊のように。徳島は勢いこそあれど、司令塔の島本は猪口が徹底マークしており、アタッキングサードでのプレーの精度を欠いた。
「うしっ。これでいこ。クリ、川久保。お前らアップ急げ」
今石が後半の策を練り上げて6分後、ロスタイムもなく前半が終わった。
「くっそ!なんなんだよあの審判。なんで倒された俺がカードもらわなきゃいけねえんだっ!」
ロッカールームに戻るなり、桐嶋が不満をぶちまけた。
「いちいち判定にぼやくな。ああいう審判もいるって勉強になったろ」
今石監督が、そう言って桐嶋をなだめる。
「さあて、ここにはスタメンの11人に、栗栖と川久保の二人がいる。後半頭から交代カード切るぞ。キリと小西は悪いがここまで」
「なっ、なんでっすか」
今石の作戦に、桐嶋が早速声を荒げる。
「わりいね。今日の審判はナルシストだかんな。自分の考えは絶対曲げないし、自分の眼鏡にかなわない奴には容赦がない。お前ら二人はすでにカードをもらってる。少しでも荒いプレーをしたらソッコーでカード出すだろ」
「でも、それなら俺達が注意すれば…」と小西も反論したが、
「プレーが縮こまったら元も子もねえ。第一カードを出すか出さないかは奴が決める。ただでさえ俺達は一人少ねえんだ。退場のリスクを考えるとしょうがねえだろ」と今石に言われては、納得するしかなかった。
「俺だってこんな交代したくねえ。だがダービーで負けることだけはチームとして避けなきゃならん。…本望じゃねえのは頭入れといてくれ」




