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ダービーの出だし

 甲府との激闘を制した和歌山は波に乗るかと思われたが、ここから失速した。

 15節のアウェー愛媛戦は2−0、16節のホーム熊本戦は2−1、17節のアウェー大分戦は3−1といずれも敗れ3連敗した。

 原因はいくつかある。第一に、和歌山対策が各チーム仕掛けてきたこと。勢いと破壊力はあっても、中央、特にゴール前のスペース(バイタルエリアと言う)を固められると、攻撃が手詰まりになる印象がある。もともと守備に課題があり、好セーブ連発の友成の奮闘も空しく終わった。

 第二に、若い選手のコンディションである。GW連戦の疲れが、新卒選手の間で出始め、今石に鍛えられたユース出身の竹内や猪口、栗栖ですらプレーにキレがなくなっていた。特にサイドハーフでプレーする選手の不調は、チームの攻撃力低下に直結した。

 ただ、そんな中、海外クラブから加入した鶴岡と内村は万全のコンディションを維持。連敗中、熊本戦で内村、大分戦で鶴岡がゴールを決めていた。怪物的なスタミナと回復力を誇る剣崎て友成も、いつもどおりの動きを見せつづけており、決して悲観ばかりではなかった。連敗を止めるべく、今石監督は、18節のホームゲームにむけ、コンディション調整に時間を割いた。



「桐島と竹内に関してはだいぶ戻ってきたそうだ。次の徳島戦はフル出場出来そうだとよ」

 宮脇コーチからの報告に、今石監督は安堵のため息をはいた。

「そりゃ何より。それだけでもだいぶ違うからなあ」

 ただ、宮脇コーチの表情は冴えなかった。

「…ただ、守備のメンツは正直きつい。レギュラーで涼しい顔してんのは内村ぐらいで、やっはメンバーチェンジは必要だな」

「守備ねえ。まあそれに関してはある程度めどはついてる。そいつがちゃんと張り切れるかどうかだ」



「うっだらぁっ!」

 剣崎は左からのクロスに対し、豪快なジャンピングボレーを蹴り込み、見事にハットトリックを達成した。ただし練習試合だが。

「だあぁ〜すっきりしたあぁっ」

 天を仰いで叫ぶ剣崎。その様子を観客気分で眺めていた竹内は、呆れ笑いを浮かべていた。

「大学生相手に容赦ないなあいつ…。ディフェンダー立ち尽くしてるよ」

「でも年齢的にはあちらさんが年上だから、やっぱあいつすげえよな」

 桐島のつぶやきに竹内は頷いた。

 紀南水産大学との練習試合は、5−0と快勝した。見守った今石は、無失点で終えたことに手応えを感じていた。

「今日のセンターバックの大森と根木。コンディションは良さそうだな」

 今石の声に、松本コーチも賛同する。

「ああ。根木もそうだが、大森がようやく本領発揮って感じだったな。気の弱さが出なきゃ、徳島の韓伯2トップとの空中戦に勝てそうだな」

 今石はふとウェアのポケットをあさる。中から十円玉が出てきた。

「何する気だ?」と松本コーチが尋ねる。

「正直迷ってんだ。表なら大森、裏なら根木」

「…いいのか?そんな決め方で」

「運も実力のうちさ」

 そう言って今石は十円玉を放り上げた。





 試合当日。ところはまたも長居。だが入場者数は明らかに甲府戦以上だった。

 なにせこの組み合わせは「紀伊水道ダービー」と銘打たれ、和歌山の対戦カードではトップクラスのドル箱カードである。会場が変わっているが1万人前後がスタジアムに集まっていた。

 もっと言うと、アウェーの徳島は前節まで6連敗中で状況は和歌山以上に悪い。「死に物狂い」の敵ほど厄介なものはなかった。

「てなわけでだ。ダービーであること以上に気合い入れてかねえと、ボロ負けも有り得るからな。走り負けないことと怯まないことだけは頭から消すなよ」

 試合前のロッカールーム。今石監督の檄に、人一倍緊張した表情で聞いている選手がいた。

「大森、いい緊張具合だ。試合が始まったら、自分が出来るプレーを思い切ってやってこい」

「はっ、…はぃ」

 ベンチスタートの川久保に励まされた大森だが、表情からまるで硬さがとれていない。デビュー戦がダービーマッチというシチュエーションが、緊張の原因だった。

 一方で、剣崎はいつも以上、おそらくプロになってから一番気合いが入った表情をしていた。

(もう5試合もゴール決めてないからな…。ぜってー今日こそ決めてやるっ!)

「気張りすぎだって。まあ気持ちは分かるけどさ」

 栗栖がポンと肩を叩かれ、剣崎はむっとする。

「いいじゃねえか。ゴールご無沙汰なんだからよ」

「まあ、今日をお前の日にするには、ピッチ出る前に深呼吸するこった。じゃ」

 ベンチスタートの栗栖は、先にロッカールームを出た。

 剣崎の表情は、気合いが入ったまま。だが、強張りはなくなっていた。



 主審の笛が鳴り響いて、試合が始まった。


 予想通り、徳島はガツガツと攻め込んできた。何が何でも先制点をとりたいという気迫が見て取れた。

 それでも和歌山の最終ラインは、高い位置にポジションを取りつつ、徳島の攻撃に冷静に対処した。特に、徳島のFW、パク・ドントク、レイモンドの高さに、大森が果敢に対応。2トップを狙った徳島のロングボールをきっちりはねかえし、競り合いでも怯むことなく立ちはだかった。

 だが、敵もさるもの。レイモンドが独特のステップを披露した、最終ラインの裏をとった。

「やばいっ」

 振り切られた大森は、慌てて止めようと長い脚を伸ばす。なんとかボールに触れたが、引っ掛かったレイモンドは大きく転倒。主審の笛がなった。

(うあ…やっちまった)

 がっくりと頭をたれる大森。カードが出るだろうと腹をくくった。

 主審はフリーキックを指示、大森にカードを提示した。が、そのカードに誰もが驚いた。真っ赤だったからだ。

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