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攻めて攻めて

 内村の同点ゴールに沸くスタジアム。

 想像以上に堅かった甲府の守備からもぎ取った得点は、和歌山に勢いをもたらした。

「うぉっしっ!こっから逆転してくぞぉっ!」

 剣崎が威勢よく吠えた。


 剣崎の言葉通り、ここから和歌山の猛攻が始まる。セカンドボール争いで、徐々に猪口が主導権を握るようになり、甲府の攻撃が停滞し、逆に和歌山のアタッカーたちが次々とゴール前に仕掛けていく。特にサイドバックの内村と桐島が、ここへ来て積極的なオーバーラップを繰り返す。

(な、なんだよこのチビ。どんだけスタミナあんだよ)

 津雲が人のことは言えない文句をつぶやけば、

(ちいっ、このやろう、待てってんだろか)

と、蓮本も内村に対して後手に回る。もともとサイドの守備に課題がある甲府は、その猛攻に次第に耐え切れなくなり、和歌山の強力な右サイドを起点に防戦一方になる。

 これに対して城神監督は、DF吾妻と守備的MF高木を両サイドバックに代えて投入。3バックとダブルボランチに変更し、中央を固めて敵を中盤まで押し返そうと試みる。

「引いてくんなら、ぶちかますだけだぁっ!!」

 しかし、和歌山は怯まない。剣崎が距離や角度をお構いなしにシュートを放ち、竹内、西谷の両サイドに、栗栖がオフサイドを気にすることなく何度もパスを散らす。それでもゴールを割れない。センターバックとボランチ、五人がかりでゴール前に鍵をかける甲府の守備をこじ開け切れないのだ。次第に和歌山の馬力任せの猛攻は勢いを失っていく。

 後半20分あたりから、攻撃を凌ぎつづけた甲府が、3トップを中心に息を吹き返してくる。そのタイミングで、今石監督も桐島、園川に代えて村主、川久保を入れる。

 攻撃的な作戦を好む両監督らしからぬ選手交代であるが、今石は一足先に栗栖を下げ、小西を投入し交代枠を使いきった。

 和歌山で光ったのは、何と言っても友成である。セカンドボールの奪取率はほぼ互角ながら、甲府の3トップは容赦なくシュートを放ってくる。その度に甲府サポーターが頭を抱え、和歌山サポーターは寿命が縮む思いをすごす。

「あぶねえなあ、シュート打たれすぎだろ」

「しっかりしろよディフェンス〜」

 次々とシュートを打たれる味方に、和歌山サポーターは苛立っていた。だが、苛立っていたのは、甲府の3トップもしかりだった。簡単に言えば「打ちたくないのに打たされている」のである。

一旦後ろに戻したくとも、猪口と小西がトップ下へのパスコースを遮断。最終ラインはつねに数的優位を保ち、横パスも出しにくい。残っているシュートコースも、友成の守備範囲しか開いておらず、結果ことごとく止められてしまうのだった。押している甲府だったが、その実追い詰められてもいたのだ。


「ほいごめんよ」

「うっ、しまったっ!」

 そのうち集中力を欠いた蓮本が、一瞬の隙を突かれボールを奪われる。内村は中央に切れ込むと、逆サイドの西谷へロングパス。受け取った西谷は、一気に攻め上がり、ゴール前にクロスを放り込んだ。狙いはファーの鶴岡。マークにつくモラエスを凌ぐ2メートル弱の日本人は、俊敏さと高さで競り勝ち、ボールをキープする。

「鶴さん!」

「俊也っ」

 鶴岡は声の主にパス。竹内は、それを思い切りよく蹴りこんだ。だがボールは無情にも枠の遥か上を通過する。しかし、ノゲイラの肩に当たったとして、コーナーキックが与えられた。

 栗栖がベンチに下がっているため、小西がコーナーキックを蹴る。ボールは「順当」に鶴岡のところに来た。が、敵もさるもの、ノゲイラが競り勝ちクリアを試みる。このこぼれ球に、いち早く反応したのは猪口だった。

「行っけーっ!」

 ボールを拾った猪口は、ためらわずシュート。ボールは選手たちの脚の合間をぬってゴールに突き刺さった。





「いやっ…たあぁーっ!!」

 ゴールを決めた本人が、両腕を高く突き上げ、らしからぬ絶叫を上げた。そこに、剣崎、鶴岡、竹内らが覆いかぶさってきた。

 会心の逆転ゴールに、和歌山の選手、監督、コーチ、サポーター…関係者一同が喜びを爆発させ、対する甲府は悔しさを押し殺して沈黙する。それを打ち破ったのは、監督の城神だった。

「気持ちを切り替えろっ!まだ1点差だっ!怯まずに攻めるんだっ」

 和歌山の今石監督も、その言葉に乗った。

「てめえらも同じだっ!もっと点取れや。取ったのがDFだけじゃかっこつかねえぞ」

 そこからの10分間は、まさにボクシング、それもインファイトの殴り合いだった。甲府は運動量の落ちた泊を諦めてFWの山田を投入。キムを一列前に上げ、3−1−2−4という、守備を放棄してまでの超攻撃的布陣で圧力を強めた。マッケンジー、津雲、蓮本、十村、そしてキム…マシンガンのようにシュートを連続で放ってくる。その度に、川久保が、チョンが、内村が体を張り、友成も集中力を切らさない。何より友成の存在は、その正確なゴールキックからのカウンターで発揮された。 半ば守備を放棄した甲府の最終ラインは、剣崎や鶴岡の強さを食い止められても、西谷や竹内のスピードにはほぼ無防備に近く、体を張るには限界だった。ロスタイム直前の43分には剣崎のミドルシュートのこぼれ球を西谷が押し込み、ロスタイム2分ごろには、竹内のクロスを鶴岡がバックヘッドでゴールを決めた。

「俺だって9番なんだあっ!」

 ラストワンプレーで蓮本が執念のヘディングを決めたが、甲府の反撃はその1点どまり。



 90分プラス5分の殴り合いは、和歌山が逆転で制した。

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