こんな時こそ
まさかのミスで先制点を献上し、和歌山は前半をビハインドで折り返すことになった。
「すまなかった。もっと落ち着いて行けば良かったのに、軽率だった」
ロッカールームに戻るや、チョンはチームメートに頭を下げた。その真摯な姿に対して、まず返ってきたのは内村の笑い声だった。
「嫌だなあチョンさん。そんなに深刻に頭下げないでくださいよ〜。完封がなくなった友成以外は大して気にしてませんて〜」
「その分すねてますがね」と友成が膨れっ面をすると、選手から笑いが起き、チョンもつられて笑ってしまった。
「チョンさんっ!大丈夫っすよ。点取られたんなら、その分俺達が点取ればいいんすから。バンバン俺達にボールを出して下さいっ!」
自信満々に叫ぶ剣崎を見て、チョンは肩の荷がだいぶ下りたのを感じた。そして若い選手たちのたくましさを改めて実感した。
そこに今石監督が入ってきた。
「おうおう。外まで笑い声が聞こえてっぞ。まあ、これだけ明るきゃ問題ねえか」
今石は、チームの雰囲気を見てニヤリと笑う。だが、すぐ顔を引き締める。
「まあ張り切るのは結構だが、甲府の守備を崩すのは並大抵じゃないぞ。」
同じように、剣崎たち攻撃陣の表情も引き締まる。特に2トップの二人は、甲府のブラジル人コンビの力強さと冷静さを実感しているし、はっきりと崩せたのは、西谷のドリブルからのワンプレーだけだ。
「あのブラジルコンビだけでなく、ボランチのキムも厄介だ。中途半端なパスは全部拾われるし、カウンターはだいたい奴のパスカットから始まっている。FWやサイドハーフは、パスだけじゃなくてシュートでも揺さぶりをかけろ。パスを通すつもりならオフサイドを警戒せずどんどん裏を狙え。甲府のGKは一対一に弱いから、その状況にできれば一気にいけるからな」
「うしっ!シュートなら俺に任せろいっ!どんどんぶちかまして風穴あけてやらあっ。クリ、俺にどんどんパスをくれっ」と剣崎は自信満々に自分の胸を叩く。鶴岡、竹内、西谷の三人も「俺がゴールを決めてやる」と目がぎらついている。
一方で、泊のマークを命じられていた猪口は、目線を足元に落としながら、前半の出来を反省していた。前半、甲府に猛攻を許したことを自分の責任と抱え込んでいた。そんな猪口に、内村がのしかかって冷やかした。
「どしたの〜グッチー。ずいぶん白けた顔してるねぇ」
「あ、あの、内村さん…。ちょっと重いんすけど…」
猪口の言葉を全く無視して内村はつぶやく。
「お前ってもったいないよねえ。若くてスピードもあんのに、なんか読みで相手を押さえ込もうとするよねえ」
その言葉に、猪口ははっとした。その反応を見て、内村はニヤリとしながらさらに続けた。
「どれだけ読めない動きをしててもさあ、ぶっちゃけ引っくるめて言えば『ボール拾い』だろ?だったらお前が先に拾っちまえよ。少なくともフィジカルでお前に勝てる選手は、甲府の前線にはいないよ」
頭を撫でると、内村は猪口から下りた。猪口の顔は、どこか吹っ切れた表情が浮かんでいた。
後半、両チームの選手たちは、気力十分の表情でピッチに戻ってきた。その時、甲府の城神監督は、和歌山の選手たちの表情を見て驚いた。
「ほう…あんな形でビハインドとなったのに、表情に活気があるだけでなく笑みもこぼれているとは…」
口元に笑みを浮かべて、
「強いね、彼らは」
とつぶやいた。
甲府のキックオフで始まった後半、先手を打ってきたのは甲府だった。十村のロングパスをマッケンジーが前線でキープし、攻め上がってきた津雲にパスを出す。しかし、これを桐島が体を寄せて津雲のミスを誘ってボールロストさせる。
このボールは泊にすかさず拾われ、十村、蓮本とワンタッチで繋ぎ、最後はマッケンジーがヘッド。これはクロスバーに弾き出される。そしてこのセカンドボールを拾ったのは、泊ではなく猪口だった。
「よしっ!」
「ぐっちー」
猪口は、すぐさま内村にパス。蓮本を振り切った内村は、右サイドをドリブルで駆け上がる。
『3番、マークOK』
甲府のボランチのキムが、内村につられて右サイドに流れてくる。
「いらっしゃー、いっ」
詰めてきたキムに笑みを見せ、あざ笑うかのように、ノールックでバックパスを披露。中央の栗栖が受けた。
(油断ならねえなこの人。味方も読みにくいドンピシャのタイミングで出しやがって)
と、栗栖は呆れたが、
「このチャンスもらおうぜ、俊也っ!」
栗栖の左足から放たれたパスは、糸を引くように竹内の足元に収まった。そこからの竹内のドリブルは凄まじかった。パスが収まったのがスイッチだったかのように、瞬く間にトップスピードに乗り、対面する香山をあっさり抜き去り、一気に中央に切れ込んできた。潰しにかかったノゲイラを、マンマークにつかれていた鶴岡が逆にマークについてそれを妨害。竹内からのワンツーパスもきっちりこなし、躊躇していたGKとの一対一を狙いどおりに演出。竹内は冷静に流し込むだけで良かった。…はずだったが、ボールはモラエスが足を伸ばしてボールを蹴り出す。この対応が良くなかった。足を出したタイミングが遅く、残った足に竹内が引っ掛かって転倒してしまったのである。
かなり微妙なタイミング。和歌山サポーターはPKを期待したが、主審はコーナーキックの判定。これにはブーイングが起きた。竹内本人や鶴岡、西谷も審判に抗議する。だが、剣崎がそんなチームメートを一喝する。
「しょうがねえだろっ、決まっちまったもんは。堂々と点とりゃいいだけたっ!」
ボールをセットした栗栖は、狙いどころを探していた。甲府のブラジル人コンビの存在は、空中戦にその真価を発揮する。だが栗栖に迷いはなかった。
「たまには立派なこと言うじゃんか。こいつはそのごほうびだ。競り勝てよ、剣崎っ!」
蹴り上げたボールは、剣崎に向かって飛んでいった。剣崎とモラエスが同時にジャンプし、競り合う。勝ったのはモラエスだ。剣崎より先にボールに触れ、ヘディングでペナルティーエリアから押し出す。
だがそのボールは、内村の強烈なミドルシュートで、ゴール左隅に突き返された。
「同点ゴール、ゴチになりまーす」
内村は指を鳴らした。




