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しょっぱなから

 レフェリーの笛が高らかに響き、ホームの和歌山のキックオフで始まった。剣崎から鶴岡、そして栗栖へとボールが渡される。

「さあて、まずは挨拶がわりといきます、かっ」

 栗栖はまず右サイドの竹内にボールを蹴り飛ばした。すでに竹内は一歩早く動き出しており、甲府の左サイドの蓮本は、対応がわずかに遅れた。竹内はスピードの乗ったドリブルで、対面する左サイドバックをもかわし、中央を見る。ニアの鶴岡にはノゲイラ、ファーの剣崎にはモラエスがマークについていた。どちらも190前後の大型センターバックだ。

(体格で不利だったら…こっちだっ!)

 一瞬切り替えして敵のサイドバックを振り切り、クロスを上げた。標的はファーの剣崎だった。

「よっしゃあっ、俺に任せろいっ」

『させるかっ』

 剣崎とモラエス、二人同時に跳び、ほぼ同じ地点でヘディング、ボールは下にこぼれた。

「せいやあっ!」

 こぼれ球につめた西谷が、ファーストシュートを放った。だが力んだか、ボールは高く浮き上がり、大きく枠をハズレ、甲府サポーターは安堵の、和歌山サポーターは落胆のため息を漏らした。

「くそっ。ちょっと力んだぜ」

「ドンマイ、アツ。次に切り替えろよ」

 悔しがる西谷に、栗栖がフォローの声をかける。

「ふう。いきなりくるとはねえ」

 甲府の城神監督は安堵の表情を浮かべた。

「竹内のスピードもさることながら、剣崎のパワーは想像以上でしたね」

「モラエスのパワーは日本じゃ規格外だけど、それに競り勝ってるからね。さすが現得点王だね」

 大沼コーチとの会話を終え、城神監督はゆっくりとベンチから立ち上がった。

「まあ、あちらさんはがむしゃらに来てるだけ。ピッチの選手たちは、冷静に対処すればいいと理解しているさ」

 そう言って、城神監督は不敵に笑った。

 一方で、甲府の3トップの両翼、津雲と蓮本は試合前のミーティングを思い出していた。

「俺の前は…桐島って奴だっけ。監督は俺みたいにすばしっこいってたな。さてどうかわしたものかな…」と津雲は思考を巡らせる。

 対して蓮本は、早くも内村に苦労していた。

「なんだこの人…。まだボールが来てもないのに、俺の周りをチョロチョロと…。なんかやりづれえなあ。監督の言った通りと言うか」

「おっす〜」

 あれこれ考えている時に、内村が突然馴れ馴れしく声をかけてきた。

「へーおまえさんも背番号9かあ。うちの9番とどっちがすごいんだろうなあ」

「…はい?」

「まあ、技術はおたくのほうがありそうだけど、9番つけてるなら、やっぱゴールを見たいよねえ〜。ま、うちの9番よりマシな選手でおわらないでよ〜。じゃ」

 ぺらぺらと一方的にしゃべって、内村は離れていった。蓮本の何かにスイッチを入れて。

 そして15分を過ぎたあたりから、甲府の反撃が始まる。中盤で栗栖のパスをカットした泊が十村に繋ぎ、タメを作ってマッケンジーに預けた。

「うおおっ!」

 そのマッケンジーに、この日スタメンの園川がいつも以上の気迫を見せて、ガツガツと体を当てて行った。

「この試合でてめえ潰して、俺がスタメンになるんだっ」

 しかし、リーグ総得点1位の攻撃力を支えるポストプレーは簡単には攻略できず、ボールは右サイドの津雲に渡った。

「そう簡単にやらせるかよっ」

 すぐさま桐島が津雲からボールを奪いクリア。しかし、すぐに泊にボールを拾われ、今度は直接左サイドの蓮本に鋭いパスを通す。

 蓮本は、足元にボールが収まると、すぐに右足で蹴りこむ。これは和歌山の守護神、友成の正面。だか、ゼロ距離なうえに強烈なシュートだったために、弾くので精一杯。これを園川がクリアしようとするが、マッケンジーに押されて十分に蹴れず、泊に拾われる。

「くそっ!注意してたのに!」

 マーク役の猪口が、泊の反応の速さに舌打ちする。

 猪口は、試合が始まるやチョンとポジションを入れ替え、今石監督が甲府の攻撃のキーマンに挙げた泊を、徹底してマンマークにつくように指示されていた。だが反応の速さに加え、広い視野を持つ泊の動きをなかなか捉えられないでいた。結果、泊が自由にプレー出来たことで、甲府の波状攻撃を許すことになった。

 マッケンジーのヘディング、蓮本の右足ミドル、津雲のループシュートなど、枠に飛んだだけでも8本のシュートを浴び、そのたびに友成が横に飛び、真上に跳び、時には顔面で弾いた。

 ファーストシュートからおよそ30分たった前半40分、和歌山がようやく反撃する。猛攻の中、ようやくゴールキックに切り替わった。

「そういや…今日は左サイドハーフもドリブルが得意なんだな」

 そうつぶやいた友成は、西谷へボールを蹴り飛ばした。相変わらず友成のキックは、長い距離を図ったように正確に飛んでいく。

 西谷がオフサイドギリギリのタイミングで、甲府の最終ラインの裏をとった瞬間に、友成からのボールが足元に収まった。

 甲府の右サイドバック・桂木は慌てて止めにいくが、西谷は構わず突破を図り、そして抜き去った。それを見たモラエスが、西谷を止めようと剣崎のマークが甘くなった。それを見た西谷は、モラエスの股を抜くスルーパスを出す。モラエスが『しまった』とポルトガル語を叫んだとき、剣崎は既に左足を振り抜いていた。

 剣崎のシュートは、甲府のGK奥田の脇を抜いたが、惜しくもポストに弾かれる。だが、逆サイドから突っ込んでいた竹内が、スライディングで右足を伸ばし、つま先でこぼれ球を押し込んだ。再びポストに弾かれ、ボールは鶴岡の前に…は転がらず、ノゲイラがクリアした。和歌山のサポーターは、遠い位置(今のプレーは反対側のゴールで起きていた)での出来事を見守ることしかできなかったが、ボールが戻ってくるのを見てようやくため息を漏らした。


 しかし、このため息が、突然絶叫に変わった。滞空時間の長かったクリアボールが、ようやく落ちてきたのだが、ダイレクトで蹴り返そうとしたチョンが、見事な空中回し蹴りを披露。背後にいた十村がいち早く反応してボールを奪い、友成が体勢を整える前にゴールへ流し込んだ。

 チーム最年長であるキャプテンの大失態に、和歌山の選手とサポーターは呆気に取られるしかなかった。

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