ゴング前に周りが煽る
「こりゃまたずいぶん…煽りましたね…」
広報の三好香苗が、クラブハウスにせっせと貼るポスターを見て、社長兼GMの竹下智樹は呆れるようにつぶやいた。
そのポスターは甲府戦への告知だった。会場は和歌山県内ではなく、大阪市の長居スタジアムになっている。そしてデカデカとこう書かれていた。
緑のリングで!
ボールの拳が飛び交う!!
いざっ、山賊狩りだっ!!!
「確かに甲府のバンディッツは山賊って意味ですが…」
「でしょう!県外開催ですし、これくらいは当然ですよ〜」
「三好くん、なんかずいぶん…うっぷんを晴らすみたいにはしゃぐねえ」
「だって昨日の京都戦はすっごくストレス溜まりましたもん。来週は思っいっきり晴らしてもらいたいんですよっ!」
張り切る広報を尻目に、竹下はため息をついた。
(しかし…昨日は気がつかれましたねえ)
昨日、今石監督、竹下GM、和泉コーチの三者面談で、コーチの解任とボイコットしている選手の一人、松下の契約解除が決まった。
和泉コーチは、騒動を余計に煽った責任は自分にあると謝罪したものの、「こんな戦いじゃ1年持たないし、研究されやすい。来年本当に昇格できるか分かりませんがね」と捨て台詞を吐いていった。
(僕の対応がまずかったのかな…JFLからチームを支えてくれた功労者が、こんな形で去ってしまうとは…)
竹下は和泉の退団を惜しんだが、すぐに気持ちを切り替えた。
(でも、少なくとも選手たちには、今までにないくらい緊張感を持っているし、活気はクラブが誕生してからもっともある。GMとしてしっかり支えないとね)
「三好くん。ポスター貼り、私も手伝いましょう」
さて練習場では、今石の口から選手たちへ、和泉コーチと松下の退団の経緯と、こういう形での決着についての謝罪が語られ、キャプテンであるチョンの「よし。今日からまあ新チームのスタートだ」という一声で練習が始まり、また元の活気を取り戻していた。
その中には瀬川と寺島がいた。瀬川もまたボイコットについて謝罪し、練習では彼らしい大声でのコーチングを見せていた。
そして寺島は再びFW争いに戻ることになったが、一時的にピッチを離れたこと、自分にあった自負がいかにくだらなかったことを後悔した。2トップを基本とする和歌山には、現在リーグ得点王の剣崎、ケガ明けの西谷、ヘディンガーとして結果を残している鶴岡、さらには普段は右サイドハーフの竹内や左サイドのキーマンになりつつある桐島も同じFWであり全員がゴールを決めている。ここから後れを取り返すのは、並大抵ではなかった。
そう感じて必死に練習に打ち込む寺島に、今石は満足感を覚えた。
「いいねえ。やっぱFWの目はそうぎらついてないとな。ここに来て初めてだろうね、そうやって危機感持つのは」
加入以来、エースでありつづけた男の心がわりを、今石は待ちわびていたのであった。
「うーむ…」
ところ変わって山梨県甲府市。甲府バンディッツ監督、城神洋は、和歌山の試合映像を観ていた。
5得点をあげて逆転勝ちした尾道戦、4得点の草津戦、剣崎がハットトリックを決めた東京戦などなど…得点以外にもシュートシーンをまとめたDVDを食い入るように。
「しかしまあ、なんとしうか、なんかスカッとする映像だねえ」
城神監督のつぶやきに、ヘッドコーチの大沼は首を傾げる。
「そうですか?かなり乱暴でおおざっぱだと思いますけど…」
「まあね。ただシュートの積極性は、確かに日本一かもね。だってさシュートシーンだけでこんなに長いんでしょ。編集大変だったろうねえ」
「でも噛み合いそうですね。うちと」
「ああ。相当熱い試合になるだろうな。攻撃は最大の防御。それを大言する試合をな」
試合での対戦を心待ちにするかのように、城神監督は笑みを浮かべた。
「こりゃあ…またずいぶん煽ったなあ」
時は金曜、ところは週刊サッカーキングダム編集部。J2担当の玉川は、サッカー新聞Jペーパーを手につぶやいた。
紙面でJのリーグ戦プレビューを見ていると、和歌山対甲府の見出しに少し呆れていた。
「激戦必至!!最後に立っているのはどっちだ!」
「浜ちゃんずいぶん張り切ってるなあ。ホームゲームだから余計に力入ってるんだなあ」
「玉川さん。今度のJ2はどこいくんすか?まさかまた和歌山じゃないでしょうね」
同僚が尋ねてきた。
「そのまさか。長居に和歌山対甲府に行ってくるよ」
「え〜?いくら関西がメインだからって和歌山ひいきしすぎでしょ。こないだ東京戦行ったばっかりじゃないですか」
呆れるように同僚が声を上げる。
「けどよ、これは俺じゃなくても行くと思うよ。得点王を擁する和歌山と、リーグ最多得点の甲府。お互いの監督も攻撃的な性格だから、守りに入りもしないから、野球みたいなスコアになるぜ、きっと」
「好みの違いかなあ。俺はきっちり守って、一瞬のチャンスを確実に生かすチームが好きだけどなあ」
「まあ、人それぞれってことさ。そいじゃ」
そう言って、玉川は出発した。
そしてここはアガーラ和歌山のクラブハウス。
今石監督、松本、宮脇両コーチの同級生トリオは、甲府対策を練っていた。
「見れば見るほどいい3トップだな。そりゃ強くて当然だな」
FW出身の宮脇コーチが、甲府の選手を見ての率直な感想をつぶやいた。
現在、チーム総得点がリーグ1位の甲府。その原動力は、三者三様のFWだった。
「真ん中のでかいの、マッケンジーはポスト、ヘディングに加えて足元もうまい。うちで言えば鶴岡タイプだな」
今石監督は、中央でプレーするアイルランド人をそう評した。
続いて松本コーチは、右サイドの小柄な選手、津雲を評価する。
「スピードとクロスの精度は、まるで竹内だな。これは左サイドバックは苦労するだろうな」
「逆に左サイドの蓮本は西谷タイプだな。このがつがつ中に切れ込んでくるドリブルとか特にな」
そう言ったのは宮脇コーチ。今石監督の肩を叩いて「さすがに剣崎タイプはいないな」とついでに言う。
「あんな下手くそなシュートバカはそうはいねえよ。俺でも持て余すぐらいだからよ」と言い切ると、三人は笑った。
ただ、笑いを止めたのも今石だった。
「ただし、あっちの泊のようなタイプもいないな」
今石の言った泊は、甲府の攻撃のキーマンで、ボール奪取力と視野の広さを城神監督に見込まれ、今季からトップ下でプレーする。彼がセカンドボールを拾い、司令塔の十村に繋ぎ3トップを自在にコントロールする。さらに、ノゲイラ、モラエスの巨漢センターバックコンビと、アジア枠で獲得されたボランチのキム・ミョンチョルが組織する守備陣が、波状攻撃と脆弱なキーパーの守備力をカバーしているのである。
「殴り合いに持ち込めば、多分こっちが優位だろうが、カギは最終ラインの強度だな」
今石のつぶやきに、二人のコーチは頷いた。




