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キャンプでの対立

 入団会見から数日後、チームは県南部の上富田町でキャンプを開いた。15人という大量の入団者数や、剣崎の突然のマイクアピールもあり、例年に比べてわずかだがギャラリーが増えた。

「なんか今年は見学者増えたよな」

「うん。休日はともかく、平日も常連のサポーター以外も来てるよな。近所の人とか」

ウォーミングアップ中のランニングで選手たちは去年との違いを口にする。

そんな中、別に競争しているわけでもないのに、剣崎と友成は集団を引き離して独走していた。


「うおおっ!サポーターが俺を見てるな、テンションあがるぜこりゃ」

「おめえを見てるんじゃなくてオレを見てるんだよ。派手なパフォーマンスして株上げたつもりだろうが、キャンプでどうせ化けの皮はがれるんだろ」

「んだと?このキャンプは剣崎龍一伝説の幕開けなんだよっ!アピールしまくって絶対にスタメンを勝ち取ってやるんだいっ」

「それじゃあオレはお前のシュート全部防いでその伝説の幕を下ろしてやる。せいぜいオレの踏み台としてがんばるがいい」

「ざけんなっ!いいか・・・」

遠巻きに2人の様子を見ていたほかの選手たちはあきれていた。

「チョンさん。なんかすごい新人が入りましたね」

古株のディフェンダー、川久保が傍らのチョンに声をかける。

「ああ。特に剣崎ってやつはすごいって聞いたよ。マイクパフォーマンス、勝手にやったんだって?」

「強心臓だか、精神的に子供なのか・・・。社会人として大丈夫なのか心配になりますね」

「まあ、暖かい目で見ようじゃないか。口先だけなのか、本物の怪物なのか。ああいう我を貫きそうなタイプはオレは嫌いじゃないね」

チョンはひそかに期待していた。Jに昇格したばかりの和歌山に加入して5年。いろいろな選手と接してきたが、剣崎たちのような強烈なエゴイストには出会わなかったし、メンタリティーは今の日本人にはいないタイプ。それがチーム刺激になればいいと考えていた。


だが、この刺激はまず悪い方向に発揮されることになった。


今石監督は全体練習のときはしきりにメンバーを入れ替えながら紅白戦を行った。若手もベテランも関係ない。自分のめがねにかなう選手を見極めたいのと、そして選手たちには今までの実績を忘れて純粋に持ち味をアピールしてもらいたいという2つの意味が込められていた。

その中で得点力不足解消につながるフォワードのスタメン争いは例年に無く激しかった。

特に新加入の4人が光った。

「堀井、16番マーク」

「了解、って、うおっ!」

竹内が鮮やかなフェイントを織り交ぜてディフェンダーを次々とかわしてシュートを流し込めば、

「どけっ、こんのぉっ」

「うわ」

西谷はビブスをつかまれながら強引に突破しシュートを叩き込む。さらにコーナーキックでは海外から加入した鶴岡が空中戦での強さを見せる。

「すげえ、川久保さんも192あるのに」

「それを上回る198だぜ。日本人で2メートル弱は反則だろ」

ほかの選手も、コーチ陣もウなわせる活躍を見せる中、一人だけ違った方向で目立っているやつがいた。言わずもがなの剣崎である。

「ぐあっ!またはずしたっ!」

今も角度の無い位置から強引にシュートを放って枠をはずした。

「おい剣崎っ!」

悔しがる剣崎を怒鳴りつけたのは、剣崎にパスを通した松下だった。

「なんで今強引に打った?お前がいたのはゴールのほぼ真横だろ」

「いやあ、まだギリいけるかなって思って」

「あのな・・・後ろに寺島さんがフリーだったんだぞ。もっと回り見てろ」

「はあ・・・」

少し不満そうな表情を浮かべる剣崎。松下は一瞬不快感を募らせたが、ここでは抑えた。

少し後、今度は栗栖から鋭いパスが飛んできた。

「よっしゃあ、ナイスパスだクリっ!」

トラップすると、角度もコースも限られているにもかかわらず、剣崎はそのままシュートを打った。

「うわっ!」

ディフェンダーが密集する足元のわずかな隙を貫いてボールはゴールへと飛んだ。ミートした瞬間が死角になっていたためにキーパーの天野は反応がわずかに遅れてボールに触れられず、ネットに突き刺さったボールを見守ることしかできなかった。

「よっしゃあっ!!」

ガッツポーズを作る剣崎。栗栖や寺島も祝福する。松下も駆け寄ってきた。だが、剣崎がハイタッチのために差し出した手を払い、再び怒鳴りつけた。

「なんであんな無茶なシュート打ったんだ!せっかくつないだチャンスつぶすつもりかよ」

今度は剣崎も反論した。

「いいじゃないすか。ゴール決めれたんだし。それに人がいるから大丈夫って相手が思ってたとしたら、今のシュートは相手を驚かせたでしょ」

「あのな、プロはそんなに甘くねえんだよ。後ろの選手が必死こいてつないできたボールを、入りもしねえ無茶なシュートでつぶされちゃたまったもんじゃねえんだよ」

相手の語気が強まったことで剣崎もむきになってきた。

「入るか入らないかシュート打たないとわかんないじゃないすかっ!それに先輩の言い方からすれば、そんな数少ないチャンスこそシュートで終わらなかったみんな悔しいじゃないっすか」

「屁理屈抜かしてんじゃねえぞガキがっ!とにかく、次もあんなシュート打ったらぶん殴ってやるからな」

「嫌っすよ」

「はあ!?」

「フォワードはシュート打って何ぼだし、シュートがなきゃ点とれないんすよ。俺は、俺がいけると思ったらシュートしますよ。それが俺のやりかたなんすよ」

剣崎の反論を聞き終えると、いつの間にか松下の右手は握られていて、小刻みに震えていた。

「・・・新人の分際で、先輩の指示無視するわ、あげく持論押し付けるわ・・・何様だゴラッ!!」

「よ、よせマツ」

あわてて寺島が羽交い絞めして止める。剣崎のほうも栗栖が止めに入った。

「自分勝手なプレーばっかしやがって、この自己中野郎がっ!」

「フォワードがゴール狙って何が悪いんすかっ!」

しばらく互いに言葉をぶつけた後、小競り合いはようやく終わった。


と思った数分後。今度はキーパー同士で小競り合いになった。


瀬川が友成のプレーに対して苦言を呈したときだった。反則すれすれの飛び出しやディフェンス陣への乱暴なコーチング、目に余る強引なプレースタイルに「もう少し堅実にいけよ」と言ったときだった。

「オレが止められるコースに味方がいりゃ邪魔なだけだし、1対1は相手のサシの勝負だろ。あんたみたいな生ぬるい守備じゃ、雑魚はともかく昇格候補にはやられ放題なんだよ」

そこから少し口論になり、天野が間に入って止めた。


新人ながら物怖じせず、言いたいことを包み隠さずぶちまけ、エゴ丸出しのプレースタイルに、それまでチームを支えてきた年上の選手からは不満がこぼれた。特に瀬川や松下らは2人を露骨に毛嫌いし、事あるごとにもめた。


「監督、あの2人どうにかならないんですか?」

宿舎で今石と練習メニューを考案する中で、ヘッドコーチの和泉が問いかけた。

「まあ、俺がユースから連れてきた6人のうち、あの2人だけは結局手を焼きっぱなしだったしなあ。こうなるのはある程度覚悟してたがねえ」

「のん気に構えている場合じゃないですよ。不穏な空気を持ったまま日程を消化しても」

「殴り合いにはなってねえんだろ」

「殴ってからじゃ遅いですよ。ばれたら協会に何言われるかわかったもんじゃないし、せっかく増えたギャラリーもいなくなっちゃったし・・・まあ、私が言うのはなんですけど、何であの2人をあげたんですか?」

和泉の質問に、今石は目つきを変えて話した。

「チームの空気を変えるためだよ」

「変える、なぜ・・・」

「確かに、今までのチームは結束を持って強くなってきた。全員で守って、耐え抜いて、頼れる選手にゴールを期待した。点を取ることよりも無失点でしのぎきることをポリシーにしていた」

「まあ・・・。去年までの曽我部監督のときはそうでしたけど」

「だが、結果としてリスクを冒すことを極端に嫌い、チャレンジしなくなった。ボールをつなぐ意識を大事にしすぎるあまり、強引なプレーを禁忌にする空気ができた」

「禁忌って・・・。そんな大げさな」

「でもいくら守備を磨いたところで、所詮サッカーは点取りゲームであって、ザルな守備でも1点多く相手から点を取れば勝ち。スコアレスドローのときに、格闘技みたいに判定なんてしないしな。あの2人のエゴイスティックな姿勢。積極的に攻める姿勢や空気をこのチームに植えつけたい。だから俺はあいつらを使うんだ」

その言葉には信念がこめられていた。

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