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自分から行こう

「よう」

「…うす」


 和歌山市内の大通りで、男が車に乗り込んだ。

 乗ったのは和歌山のGK瀬川、運転するのはFW寺島。二人は今チーム内で起きている騒動の渦中にあり、特に瀬川は練習をボイコットしている選手の一人である。

 そんな瀬川に、寺島は声をかけた。

「次の京都戦、見に行かないか」

 気乗りしなかったが、ボイコットこそしていないが、立場は自分と同じ状況の先輩からの誘いである。断る理由はなかった。


「体は動かしてるのか?」

「まあ…ランニングぐらいは」

「松下とか布山とは連絡は?」

「そこそこには、とってますよ」

 何気ない話題で寺島は話し掛け、瀬川はややそっけなく答える。まだ「渋々ついてきた」感を醸し出している。

 そこで、寺島は話題を変えた。

「沢松と辺見、移籍するってのは知ってるか」

「…まあ、サイト見てりゃ分かりますがね」

 水戸戦の翌日。FW沢松とGK辺見のレンタル移籍が発表された。いずれもJ昇格を目論むJFLクラブへの移籍であり、沢松は得点力不足に悩むアウルム長野、辺見は正GKが故障しキーパーが手薄になった町田レオーネへ移った。

「二人とも『相手さんに望まれた』そうですけど…気の毒っすよね」

「何で?」

「放出されるのは、今のクラブにいらないからでしょ?経験積めるって聞こえはいいけどさ」

 悪態をつく瀬川に、寺島は言った。

「…変わったな、お前」

「急にどうしたんすか、寺さん」

「去年までのお前はそうじゃなかった。チームが強くなるのを誰よりも望んでいたのに、今はむしろ強くなるのを嫌がっているように感じる」

 寺島のつぶやきに対し、瀬川は不快感を表す。

「…何がいいたいんすか。つまりは、監督がいい人だと?」

「そういうつもりはない。ただ、もういいんじゃないかと思ってよ。つまらない意地の張り合いはよ」

 瀬川はぷいと首を背けた。寺島は変わらず続ける。

「チームからGKとFWが一人ずつ減った。決して選手層の厚くないなかで、監督は二つ返事で送り出した。あいつらに経験を積ませたいというだけじゃなくて、俺達にも『戻ってこい』っていうメッセージじゃないかな。俺は少なくともそう感じているよ」






 ところ変わって試合会場の西京極総合運動公園陸上競技場兼球技場。その監督室。 今石監督と和泉コーチが向かい合っていた。今石の目には抑えきれない怒りが、和泉コーチの目にはそれに対する怯えが浮かんでいた。


「寺島から聞いたぞ。あの横断幕出すように言ったの、あんたなんだってなあ」

「…」

「目ぇそらすなよ古株。せめて首を縦か横に動かせよ」

「わ、わたしは…彼らに『瀬川や寺島の起用を訴えるような横断幕を』と…言ったのであって…まさか、あそこまで」

 脂汗を垂らしながら釈明する和泉コーチの目の前で、今石は壁を殴った。

「けしかけたのにはかわりねえだろうがっ!!!」

 烈火の如く怒る今石に、あくまで年上の和泉コーチは身を震わせる。

「こういう状況で、俺に不満を持つサポーターにそんなこと言えば、どれぐらい過激な手にでるかわかるだろうがっ!選手を守るコーチが、自分が可愛がった選手のために、他の選手を傷つけてどうすんだっ!あぁっ!?」

 和泉コーチは何も言えなかった。

「俺のサッカーは確かにめちゃくちゃだ。こんな戦い方じゃ1年持つかどうかわからねえし、それまでいた選手からは間違いなく不満が出る。そのためにあんたには選手と俺のパイプ役になって欲しかったんだが…あてが外れたな」

 最後の一言を耳元でささやき、今石監督は監督室の扉を開けて吐き捨てた。

「悪いがあんたには辞めてもらう。騒ぎが無駄に大きくなった以上、責任をとってもらう。帰ったら竹下GMも交えて三者面談だ」

 そう言って乱暴に扉を閉めた。残された和泉コーチは、体を震わせながらつぶやいた。


「あんただって自分の選手をひいきにしているじゃないか…私と奴の差は一体なんなんだ…」





 そして話は試合にリンクする。




 好調な京都との一戦は、終始押されぎみに進んだ。離脱していたチョンと西谷がスタメン復帰し、出場停止の内村に変わって去年までのレギュラーだった藤川を起用。一方でコンディションが上がらないと判断して剣崎、竹内の二人をベンチに置いた。

 結果的にこの選択は凶と出た。前節の水戸のように中央でブロックを作って守り、さらに若いタレントを擁する攻撃陣の猛攻に苦しんだ。

 さらに、今石が試合前に懸念していたように、藤川が一人試合の入りにもたつきがあると見るや、京都のオフェンス陣は徹底して和歌山の右サイドを突き、30分すぎに立て続けに2点を失った。

「藤川っ」

 ハーフタイムのロッカーで、今石は藤川にほえた。

「試合慣れしてないのは今まで使わなかった俺のせいだが、だからといって不安をもろに顔にだすな」

「は…はい」

「別に内村みたいなことはタイプが違うから望んでない。だが縮こまるな。お前には対人戦の強さとロングキックという武器がある。後半は自分の自信のあるものをどんどん出せ」

「はい」

「それから根木もだ。お前だって俺に散々鍛えられただろ?もっと堂々とプレーしろ。うちはセンターバックはあまってんだ。何か一つアピールしていかねえとおいてくぞ」

 川久保の代わりにセンターバックに入った根木も疲れた表情をしつつ、今石の言葉に頷いた。

「まあ、今日は守備陣に関しては特に入れ替えるつもりはねえ。スタメン、ベンチ入りメンバーでいたかったら絶対に怯むような真似はするな。それから攻撃陣はもっと工夫しろ。まずはだな…」





 スタンドから試合を見ていた寺島は、隣に座る瀬川に語りかけた。

「藤川と根木が初スタメンだったな。よく頑張ってるよな」

「…」

「でもさ。どうせなら俺たちもあそこにいたいよな。ベンチじゃなくてピッチにさ」

「そうですね」


「…じゃあ、もう自分から言いに行かないとな」

「…」

 寺島の呼びかけに、またもだんまりの瀬川。寺島、今度は語気を強めた。

「いい加減にしろっ!いくらお前がチームに対して愛着を持っていようと、もう一回努力してレギュラーをとればいいだろ!お前はそこまで腐っちまったのかよっ!」

「寺さん…」

「あそこまで言われたままでいいのか。監督を見返してやろうじゃないか。今の選手たちと勝負しようやっ」

 温厚な寺島の厳しい言葉に、瀬川は何も言わず、再びピッチを見た。

 試合は後半開始早々に追加点を許し、敗色濃厚となっていた。それでも和歌山の選手たち、特にケガ明けの西谷とチョンは貪欲にゴールを狙っていった。

 そして80分、チョンがミドルシュートを放った。京都ディフェンダーが体でブロックしたが、囲まれながらボールを奪った西谷が強引に攻め込み、押し込んだ。

「うあぁぁっ!」

 両手にガッツポーズを作り、彼らしからぬ興奮ぶりで誰もが西谷のプロ初ゴールを喜んだ。この流れから88分には、途中出場した竹内がサイドから鋭いクロスを放つと、オーバーラップしていたチョンがヘディングで叩き込んだ。同じく途中出場の剣崎も再三シュートを放ってゴールを脅かしたが、結局同点に追いつけず逃げ切られた。



 だが、何かが吹っ切れはじめていた。

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