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何あろうとも

 和歌山のロッカーは、さながらお通夜のように重い空気に包まれた。特に名指しで非難された栗栖、竹内らは、ショックのあまりうなだれたままだった。

「あんなダンマク張られるなんて…俺達が何したっていうんだよ…」

 タオルを被って顔を隠す竹内がぽつりとつぶやく。

そんな若い選手に対して、川久保や村主もどう声をかけるべきかわからずにいた。



 そこに、和泉コーチがまず入ってきた。

「き、気にするなよお前ら。あんなダンマクどうってことない。今、どけるように言ってあるからな」


 続いて今石監督が入ってきた。入るやいなや、まず頭を下げた。

「自分の本音をぶつけすぎた俺の責任だ。すまねえ」

 その行動に対して友成は、吐き捨てるように怒鳴った。だがその言葉は、監督を鼓舞し、うなだれる選手を叱責するものだった。

「なんで謝んだよ。あんたはたった数人の訴えで簡単に頭下げんのかよ!あんた就任会見で言ってたじゃねえかよ。『今までのサッカーをぶっこわす』てよ。それくらいチーム改革に意気込んでんだろが。たかが素人の反論でいちいち気ぃ使ってんじゃねえよっ」


 友成はうなだれたままのユースのメンバーも叱咤する。

「俺達が今プロでスタメンはれてるのは実力だろっ!プロになりたいから監督のシゴキに耐えきったんだろっ!十分目に見える成績も残してるだろっ!だったらダンマクに惑わされないで自分を信じきれよっ」

「でも…さすがにあれは…剣崎も落ち込んでるみたいだし」

 そうぼやくと、竹内はうなだれたままの剣崎を見た。だが友成は鼻で笑った。

「んなわけ…ねえだろっ、とっ!」

 そう言って友成は剣崎の顔を蹴り上げた。

「っつうぅっ…!何しやがんだゴラぁっ!!」

 友成に蹴り上げられた剣崎は、寝ぼけ眼で友成の胸倉を掴んだ。

「せっかくゴールをイメージしてたのに、吹き飛んじまったじゃねえか」

「イメトレ始めて1分で熟睡するほうが悪い」

 ある意味、剣崎の真骨頂である。チーム全員がショックを受けているなか、剣崎はどうやって先制ゴールを決めようかイメトレをしているうちに寝入っていたと言う。これには全員が大爆笑となった。

「うし。これなら後半大丈夫だろ」

 顔を上げた今石の顔は、いつものようにぎらついていた。

「監督…。大丈夫なんですか」と川久保は気を使ったが、

「あれぐらいでへこむ俺じゃねえだろ」


 その時、ハーフタイム終了を告げるブザーが鳴り響いた。

「特に指示はいらんだろ。後半も同じようにガツガツ行ってこい」






 ここで時系列を前半終了直後に戻す。

 メインスタンドで問題の横断幕を掲げた集団は、選手たちが立ち尽くしているのを見て、自己満足に浸っていた。

「どうだ。思い知ったか」

「徹夜して作ったかいがあったぜ」

「奴もこれで考えを改めるだろうな」





「おまえらぁっ!なにやってんだあっ!!」

 その集団を、中年男が怒鳴った。重本である。彼はいつものように、ゴール裏で応援し、この横断幕を目撃した。激昂するサポーターグループのリーダーを制し、自分が説得に行くと言って、移動してきた。重本と横断幕を掲示したサポーターは顔見知りだった。


「なんだシゲじゃねえかよ。どうだ、俺達が作ったこの横断幕!ちょっと今石に喝を…」

「おまえらっ!自分のしたことの意味わかってるのかっ?」

 叫ぶ重本に、サポーターたちは唖然としているが、重本はさらに続ける。

「おまえらの気持ちはわからないでもない。でも今ここでやることじゃないだろっ!監督が代わったから使われる選手が代わるのは当たり前だろっ!何よりユースから上がったあいつらは、目に見える数字を残しているじゃないか!?そんなに…そんなにチームが強く生まれ変わるのが嫌なのかっ?」

 重本はまくし立てるように、思いをぶちまけた。だがサポーターの反応は冷淡だった。

「じゃあ寺島さんたちは、弱かった『負の遺産』なのかよ…。弱くてもチームを支えてくれたあの人たちを、このままお払い箱みたいな扱いにしていいのかよっ」

「僕はそれでいいと思っています」

 突然、第三者の声が聞こえた。声の主は寺島その人だった。

「ろくにベンチすら入れない僕を今も慕ってくれるのはうれしいです。でも、チームに迷惑をかけてまでその思いを表現されても困ります。いますぐ撤去してください。お願いします」

 応援している本人にそう言われては、サポーターたちは撤去するしかなかった。そして寺島は付け加えた。

「僕が今ベンチに入れないのは、ただ単に力不足なだけなんです。チームがガラッと代わって戸惑っているかも知れませんが、できるならあいつらを応援してあげてください」






 後半開始のホイッスルが響いた。試合の流れ自体は前半と変化はなかったが、円谷監督は和歌山の選手たちの表情に戸惑っていた。

(何だ…?彼らの顔つき、あんな横断幕が掲げられたのに、混乱するどころか迷いなくプレーしている。…開き直れたと言うのか!?)

 そして口元に笑みを浮かべた。

「なかなかタフな選手達じゃないか。今石監督」




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