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旧レギュラーの反発

たぶんかなり現実離れしてる気がします。

 東京に快勝してから1週間後。敵地での松本戦でも、和歌山の勢いは止まらなかった。この日は猪口をセンターバック、栗栖を左サイドハーフ、桐島を左サイドバックにそれぞれ戻し、ボランチは江川と小西の新コンビで挑んだ。

 この起用は当たった。江川は中盤で敵のチャンスをことごとく潰し、小西は現在絶好調の竹内と、前節ハットトリックの剣崎の得点をアシストとそれぞれ結果を残し、出場停止の友成に代わりゴールを守った天野も、冷静なコーチングと好セーブを見せ完封。今季JFLから昇格した松本を3−0(3点目は栗栖のPK)で下し、2度目の連勝を飾った。





「なんだかねえ…」

そうつぶやいたのは、アガーラのサポーターグループ、紀蹴会の年長者で元リーダーの重本だ。

「シゲさん、どうしたんすか?せっかくチームが連勝したのに」

 助手席にすわる現リーダーのケンジが尋ねる。紀蹴会のメンバーは、アウェーの試合はだいたい重本の車で移動するのだ。

「いやさ。チームが勝っているのはいいんだけど…去年までのチームを支えたベテランたちがいないのは、ちょっと寂しくてね」

「あー…なんかわかる気がします。シゲさんはチームが地域リーグ(JFLの下)のときから見てますからね」

「川久保とかはまだ主力はってるけど、瀬川とか寺島とかはすっかり『過去の人』状態だからな。監督が変わったから仕方ないと言ってしまえばそれまでだけど」

 そう言ってため息をつくと、重本は大きなあくびをした。

「次のサービスエリアから、運転代わりますよ」

「ん、ああ。頼むわ」






 重本のような大人しいサポーターはともかくとして、古参サポーターの中には今石の起用法に対して快く思わないサポーターは、実は少なからずいた。

 特にJFLからプレーしていた瀬川や、Jリーグ昇格当初からのエース・寺島が一度もベンチ入りすらできていないことや、スタメンの半分がユース出身で固まっていることに「ベテランを粗末にしすぎ」「選手をひいきで選んでいる」と口にする者もいた。

 今石に対しての不信感は、外されている当事者からも沸きつつあった。

 ある日の和泉コーチと今石のやり取りである。

「監督、ちょっと露骨すぎやしませんか?」

「何が」

「いや…、この前のミーティングで、瀬川や寺島を名指しで非難したじゃないですか。もうちょっと選手のプライドを…」

 おどおどと答えるコーチを、今石が叱責した。

「あのなあ、今年は来年昇格するための基盤作りなんだ。チームが変わろうとしている中で、いつまでも『過去に支えた自負』をいつまでも引きずられても困るんだよ」

「で、ですが…全員の前で『老いぼれ』なんて、言い過ぎでは…」

「時間が止まったままの選手を、老いぼれっつって何が悪い!変わる気がない奴や、アピールしない大人しい奴にはこれ以上関わってらんねえよ!」

 そう言って今石はすたすたと足早に監督室に入っていった。

 立ち尽くす和泉コーチは、なんともやるせない気持ちになった。

(去年までユースで指導していた人間に、いままでのトップチームの苦労などわかるものか)

 いつの間にか和泉コーチとの間にも亀裂が入っていた。

 和泉コーチが問題視したのは、試合翌日に行った練習試合。JFLの強豪、佐河急便相手に遠征に帯同しなかった選手で挑んだが、ほとんどいいところがなく、後半に体力に余裕のある主力を投入して、どうにか引き分けに持ち込んだ。

 その後行ったミーティングにおいて、交代した瀬川、寺島、布山、松下の4選手を「変わろうとしない老いぼれども」と叱責した。これにはさすがにキャプテンのチョンが「言い過ぎですよ、監督」と反論。その後は話し合いの場を設け収まったものの、度々非難された瀬川ら一部メンバーは、練習をボイコットしていた。


「今日も来てないわね。練習は活気あるけど、気が気じゃないって表情してるわね」

 取材に足を運んだ浜田は、練習場の雰囲気を見て複雑になった。

「急ぎすぎた改革の結果、かしらね。チームが好調なのにこの話題を記事に書かなきゃいかないなんてね…ん?」

 ため息をついて顔を上げた浜田が見たのは、一人の記者に絡まれるクラブの三好広報だった。

「ですからあ、この2選手の移籍に関して、あなたの言うような意図はありませんので…」

「いやいや〜そんなことないでしょう?『独裁者今石が不穏分子の掃討に乗り出す』。私はそう見てるんですがねえ」

「い、言い掛かりをつけないでください」

「人聞きの悪い…。こっちは十分裏をとった上での…」

「ちょっとっ!」

 浜田の声に、三好に詰め寄っていた記者は視線を変えた。

「取材する人間ならマナー守りなさいよ。あなたのやり方じゃ尋問じゃない」

「あん?なんですかあなたは。私の取材を邪魔しないでくださいな」

「あなたどこの雑誌?あまり見ない顔だけど…」

「私ですか?私は…」

「大柴っ!!」

 その場にいない、第四者の声が響いた。声の主は玉川だった。

「てめえは相変わらずこういうネタを捏造するのが好きなんだな…」

「え、この人、大柴って言うんですか?」

 三好の妙な反応に、男はばつが悪くなったのか、立ち去ろうとするが、玉川が取り押さえて手帳を奪った。

「な、何するんだ、返せ!」

「じゃあこの写真を報道各社に送ろうか」

 玉川が見せつけたカメラのメモリーには、三好に詰め寄る男が写っていた。男は手帳を諦めてそそくさと帰っていった。

「あ、ありがとうございます…でも偽名を使っていたなんて」と、三好は玉川に頭を下げながら疑問を反すうしていた。

「大柴…なんか聞いたこと…あっ!」

 その隣で浜田は、男がどういう人間かを思い出した。玉川が解説する。

「大柴康勝…俺と同期のライターなんだが。ちょっとひねくれた奴でね」

「確か、2、3年前に捏造記事を書いて、スポーツ業界から追放されたって…」

「ああ。あいつはスキャンダルが大好物でな。3年前、初めて全国出場した高校のサッカー部員が喫煙しているって記事を書いてな」

「はい。騒動に収拾がつかなくなって、学校は出場辞退を余儀なくされたんですけど、近所の住民の証言で自作自演だったって…」

「過去に野球の強豪高が飲酒しているって記事でも騒がせたことがあったんだが、社会的信用を損なわせたとして、スポーツ業界からは永久追放されてな。今じゃ三流ゴシップ誌にデタラメ記事を売って賠償金を稼いでいるって話しだ。たぶん和歌山はあまり記者が来ないから、変装さえすれば大丈夫だとタカを括ってたんだろ。君も広報として迂闊だぞ」

 玉川の言うことは最もで、三好は平身低頭だった。


「しかし、今石監督も大変ですよね。あんな記者がくるほど騒ぎが大きくなっちゃって」

 浜田の言葉に、玉川は突き放すようにぼやいた。

「言っちゃなんだが、自業自得さ。豪放磊落な性格がアダになったって感じだからな」



 こうして、不穏な空気のまま、水戸戦を迎えることになったのである。

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