選手層、厚くはないが駒はいる。
「ファーに来たぞっ!」
友成が叫んだときには、もう遅かった。
フリーになっていた富山のエース黒田はら万全の体勢でヘディングを叩き込んだ。
後半20分にゲームが動いた。桐島を振り切った富山の右サイドハーフが中央へクロスを上げ、園川のマークを外した黒田が、ファーサイドからヘディングを決め、先制点をもたらした。ホームのゴール裏は大いにもり上がり、友成は悔しさを発散するようにボールを放り投げた。
同じタイミングで、富山の控えの選手たちがアップのペースを挙げた。
「守備を固めるつもりか…先に動いとくか」
今石監督は、前線を強化すべく小西に代えて鶴岡を投入。中盤の配置ををラインからダイヤモンドに変え、西谷をトップ下の位置に回した。
「西谷、監督からの伝言だ。『俺(鶴岡)が落としたボールを拾えたら、がむしゃらに敵に突っ込んでいけ』だ」
西谷は力強く頷く。
「俺の持ち味は…よしっ」
今石監督が案じたとおり、富山は30分過ぎから守備的な選手を次々と投入する。今石監督も野上(桐島に代えて)を使うが、ゴール前を着々と固める富山の守備を破れない。富山の前線から攻撃的な選手がいなくなると、今石監督は猪口に代えて川久保を前線に送り込み、3−4−3に切り替えてパワープレーを試みる。
第4審判がロスタイムを表示。2分しかなかった。
その時だった。竹内が右サイドから正確なクロスを上げた。鶴岡が競り合いながら西谷に落とした。
受け取った西谷は、そのまま相手が密集するペナルティーエリアに切れ込んでいく。
だが西谷はためらうことなく、強引なドリブル突破を図る。どれだけ激しく体をぶつけられようが、怯むことなく突き進む「薩摩の猛牛」。その勢いに、相手DFは西谷の右足を背後から蹴り飛ばした。
「ぐわっ!!」
激痛が走り、バランスを崩す西谷。足元からボールがこぼれたが、
「ナイスだアツっ!!」
大声とともに、ボールはゴールへと飛んでいった。
バスに乗り込むとき、西谷の右足首には、痛々しくアイシングが巻かれていた。腫れ上がった足首は、明朝和歌山に着き次第検査することになっている。
「ちっ。ノーゴールのまま戦線離脱か。試合にも負けたし散々だぜ」
西谷は自虐的にぼやく。西谷のボールを拾った剣崎のシュートは、惜しくもポストに弾き出されタイムアップとなった。
その瞬間、剣崎は地面を拳で何度も叩き「せっかくアツがくれたのに、なにやってんだよ俺のバカァッ!」と悔しがった。
試合後もアイシングをしている最中、目の前で「すまねぇっ!あんだけ言っといて決めれなくてよっ」と土下座までした。たかがリーグ戦のうちの1試合に、なにムキになってんだと呆れたが、ただ単に目の前の試合に全力を注ぐ純粋な奴なんだと見直した。
バスに乗ると、すでに爆睡している剣崎を見て、
「怪我治したら、すぐに借りを返すからな」
とつぶやいた。その顔には剣崎をライバルと認めた笑みが浮かんでいた。
西谷は検査の結果、右足くるぶしの剥離骨折と診断され、一ヶ月の戦線離脱が決まった。
一週間後、ホームの桃源郷運動公園陸上競技場で、今季まだ無敗の湘南を迎えうった和歌山。
先制点を献上するも鶴岡のゴールに追いつき、同点で前半を折り返す。 後半は開始早々に桐島が勝ち越しのミドルを叩き込み、竹内も続いたが、反撃にあいロスタイム直前に追いつかれ、引き分けに終わった。続くアウェーでの千葉戦、剣崎が前後半で1点ずつ上げたが、序盤の失点が響き2−4で敗れた。
「なにやってんだてめえらっ!!」
激昂した今石が、ホワイトボードを殴った。
理由は千葉戦の4失点…ではなく、翌日行われた練習試合についてである。
集められているのは、遠征に帯同しなかったベンチ外の選手たち。練習試合に参加したのも彼らである。
そのメンバーが、県内のアマチュアクラブ、SC海南に2−5で敗れたのである。メンバー不足を補うために、ユースの選手が出場したり、相手が「最もJFLに近い」と言われる強豪だったことは言い訳にならない、点差以上に無様な試合だった。
まず槍玉に上がったのは、寺島、布山のベテランだった。
「お前らよ、年長者としてこいつらを引っ張る立場だろ?プレスにばたつくわ、パスミスするわ、足元ふらつきすぎだろっ。初めて試合に出たペーペーじゃねえんだぞ」
次の標的は、松下、藤川の右サイドコンビ。
「確かに今のうちの右は竹内と内村で固まってるけどよ、どっちかが抜けたらお前らだって出番あるんだぞ。それ以前に元レギュラーだろ。アピールして『スタメンに戻りたい』ってぐらいの気概をみせろっ。揃いも揃って失点の原因になりやがって」
今石はいま、選手層について悩んでいた。スタメンのほとんどを刷新した今季、就任会見で「昇格は来年以降」と明言したものの、負けるつもりは微塵もなく、新戦力と現有戦力との科学反応を目論んで戦っていた。
だが去年からの選手で戦力になっているのは、チョン、川久保、村主の3人だけ。特に攻撃陣は新戦力、それも今石がユースから連れてきた剣崎と竹内が軸になるほど、先輩選手が機能していなかった。
この試合の2点は、左サイドバックの三上からのパスからFWの矢島が決めたものだが、二人はユースの選手だった。「俺も現役の時はサテライト(二軍)がメインだったから、ベンチにすら入れないにモチベーションを保つのが難しいくらいわかる。でもそれ以前にお前らはレギュラーのよさを知っているし、サッカーやって金をもらう選手だろっ!精神論になるが人間がやる以上はメンタルも重要なんだよっ。次腑抜けたことしたら承知しねえぞっ」
吐き捨てると、今石はミーティング室から出て言った。
今石が頭を悩めているのは、このベンチ外選手たちの体たらくだった。力はあるのに、新人たちにレギュラーを終われたことがよほど気に食わないのか、多くの選手のモチベーションは下がったままで、今日のように怒鳴ったことも初めてではなかった。
なるべく多くの選手を試したいのだが、結果を出していない以上使うわけにはいかない。かといって42試合のリーグ戦に加え、秋以降は天翔杯も控える長丁場。疲労や細かい怪我、カードによる出場停止という不確定要素が付きまとう以上、同じメンバーで戦える保証はない。ましてや去年まで高校生の選手が大半である。厚くはないが駒が一通り揃っているだけに、監督としてなんとも歯痒かった。
こういう悩みを抱える監督は多いはずです。